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夏の王様 6

「本当に帰れよ。終電時間ちゃんと調べておけ」 「わかってるってば~」  ヘラヘラと笑う青木の笑顔は全く信用できない。前回もこんな会話をした気がする。あの日はリビングで寝落ちた青木の鼾をBGMに、酒の入ったハルがベッドの中で妙に燃え出して面倒な事になったのだ。思い出してもぞっとする。 「ところで青木はどうしてビーチバレーに参加する気になったの、地元だから?」  ハルがチーズの盛り合わせと柿の種をテーブルの上に用意しながら何気なく問いかけた言葉に、青木の眉と肩がギクリと動いたのを俺は見逃さなかった。 「あ、うん実はうちの姉ちゃんが実行委員会の役員でさ、盛り上げる為に参加者募るの手伝えってね、まあ、ほら、地元だしね」  あははと笑う青木の表情は固く、非常に怪しい事この上ない。  と思った矢先、ハルが感嘆の声を上げた。 「青木……お姉さん思いなんだね!」  青木を見直したよと素直に感動している恋人にギョッとし、いやいや今の青木の表情は明らかにおかしかっただろう、と口を開きかけたところで下手に絡むのも面倒だなと思い直し、黙ってビールを飲む事にした。  隣のハルを覗き見れば、感心した様子で青木に微笑んでいる。付き合いを始めて暫くして気付いたのだが、映画や小説、漫画に至るまで、ハルはどうも兄弟愛や家族愛の話に弱い。自分に兄弟がいないからなのか、それにしても一般的に考えてひとより兄弟に対する憧れが強いように思う。  ちなみに省吾にも兄弟はいない。  幼い頃の一時期、母親に兄が欲しいと頼んだ事があった(もう無理よとアッサリ返された事は未だに憶えている)けれど、幼馴染みの晃が兄貴のような立場に居たし、物心ついてから兄弟が居ない事に寂しさを感じることはなかった。  省吾は元々他人にも自分にもさほど興味がない。細かく言えば、省吾にとって大切な人は母親のみで、世の中には母親かそれ以外かの二種類しか存在しない。  そんな省吾に変化が起きたのは大学最後の冬の頃だった。 (知りたいと思ったんだよな、ハルの事は)  省吾にとって、他人に対してもっと知りたいと思えた人間は、後にも先にもハル唯一人だ。

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