421 / 428

夏の王様 8

◇◇◇  大会当日は、川崎の会場まで車で移動する事になり、渋滞を見越して早朝に出発した。  ハルが春に購入した新車、トヨタのC-HRで(勿論運転はハル)会場までの移動の間ずっと助手席で眠っていた省吾は、着いたよというハルの声に起こされ、寝ぼけた目を擦りながら窓の外へと視線を向けた。  音もなく振動もない乗り心地の良さに、省吾はドライブの度《たび》に助手席で爆睡してしまうのだけれど、ハルは音楽を聴きながら運転している時間が最高に幸せらしく、隣で寝ていても文句を言うどころか、むしろ寝てて良《い》いよと言ってくれるので、この時ばかりは最高の恋人だなと毎度感動する。  そう、基本的には素晴らしい恋人なのだ、ハルという男は。悪魔さえ降臨しなければ。  駐車場に降り立ち空を見上げれば、眠気も吹き飛ぶ程の見事な快晴だ。日差しは強いが頬をかすめる潮風は涼しく、心地良い。 「天気が良くてよかった。省吾、待ち合わせ場所の連絡は来てる?」  運転席から降りたハルが腕時計に視線を落としながら隣に並ぶ。省吾はポケットからスマートフォンを取り出し画面を確認してみたけれど、ライン通知も電話着信もない。 「まだ来てない。とりあえず会場へ行ってみるか」 「うん、屋台とか色々出てるみたいだよ。ここに着く前、通り沿いに少し見えた」  会場は駐車場から少し離れた場所にあるようだ。祭り気分を味わうのも悪くない。  ハルと省吾は並んで歩き出した。 ◇◇  青空の下で会場は予想以上に混雑していた。  メイン通りには屋台がズラリと並び、鼻をくすぐる香ばしい匂いやそこかしこから聞こえてくる威勢の良い声に、思わずこちらのテンションも上がる。  賑やかだねと楽しそうに笑うハルを横目に、省吾はスマートフォンを耳に当てた。 「青木、着いたけどそっちは? 受付テント? わかった、向かう」  通話を切り振り返ると、隣にいたはずのハルの姿が消えていた。ぐるりと辺りを見回すと、少し離れた屋台の前で、売り物をじっと見つめているハルを見つけた。  側へ寄って店を覗けば、おもちゃみたいに真っ赤な林檎飴が氷のケースの上で横一列に並んでいる。透明色の水飴にコーティングされたその姿はキラキラと光を反射して、まるで赤い宝石だ。 「ハル、行くぞ」  声をかけるとハルが振り返り、林檎飴と省吾の顔を交互に見つめた。

ともだちにシェアしよう!