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夏の王様 9

「なんだよ」 「省吾、林檎飴食べる?」 「は? いらねぇよ、お前食べたいの?」 「いや」  食べたいのなら買ってやろうかと思ったのに、いらないと言うので、じゃあ行くぞと声をかけた。  店の前に立っていたら、買うと思われるじゃねぇか、まったく。  名残惜しげに林檎飴に視線を送るハルに早く来いと目で訴え、隣に並んだハルを見上げると、何やら残念そうな表情で俺を見下ろす。 「? 何だよ」 「省吾があの大きくて真っ赤な林檎飴を一生懸命舌を使って舐める姿を見たかった。水飴が溶けて持つ手がベタベタになるところまでセットで見たかった」  天使のような微笑みを浮かべながらひとの口元に視線を集中させている。駄目だ、朝っぱらから変態がここに居る。 「……お前、今日皆の前で変な発言したらマジで切れるからな」 「酷いな、変な発言なんてしないよ」 「今みたいなそういうのだよ! ナチュラルにおかしな事口走るんじゃねぇぞ」  早くも一抹の不安を覚えながら、待ち合わせの受付テント前へ辿り着き、ごったがえす人だかりを見渡すと、ズラリと連なる受付の列に並びながらこちらに手を振る青木と佐倉万優の姿を見つけた。 「香取、ハル、こっちこっち!」  青木のテンションの高さに軽く引きながらも、その隣で笑顔をみせる職場イチの美人姉さん、万優にハルを紹介する。 「ねーさん、どうも。こっちは同居人のハル。アヤカの地元仲間」 「初めまして」  ハルが笑顔で挨拶をすると万優も笑顔で返し、軽く二人で会話をした後、省吾の隣へ並んだ万優が耳元へ顔を近づけ、こそりと耳打ちをした。 「アヤカちゃんから聞いてはいたけど、ハルくんてほんとにイケメンね」  この人でも見た目の良い男に対して人並みに興味は湧くのかと意外に思いながら、はあと適当に相槌を打てば、万優は更に言葉を続けた。 「アヤカちゃんがずっと片思いしてたっていうからどんな人かと思っていたけど」 (は?)  思わず固まった俺を見て、万優さんは慌てたように両手で口元を隠した。 「あ、ごめん今の内緒。中学生の頃の話」 「……はあ」

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