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夏の王様 10
そんな昔の話か。一瞬驚いた自分が恥ずかしくなり、手にしてたペットボトルに視線を落とした。急に喉の渇きを覚え、まだ開けていなかった蓋をひねる。
「王子様みたいな人、なんて聞いてたけど、確かに。肌も綺麗よねぇ。どんなお手入れしてるのかしら、あとで聞いてみよう」
カラカラと笑う万優さんの声を聞きながら、ペットボトルの水を煽る。
(王子様、ねぇ……)
賞賛を浴びる当の本人は、爽やかな笑顔を浮かべながら青木と談笑している。
確かに肌は綺麗だと思うけれど、多分あれは手入れ云々ではなく生まれ付きだ。洗顔料から化粧水、乳液まで、自分と同じものを使っている。ドラッグストアならどこにでも売っているような安物だ。
「ところでミツルの姿が見えないけど、遅れてくるのかな?」
ハルの質問に青木が答えようとした時、背後からよく知る声が聞こえてきた。
「ハル!」
振り返ると手を振りながら此方へ向かって走ってくるアヤカの姿が目に入り、次にその後ろからゆっくりと歩いてくる伊勢の姿が見えた。
アヤカは省吾への挨拶もそこそこに、ハルの元へと走りより、職場では見たことのない笑顔で再会を喜んでいる。職場では控え目な印象を受けていただけに、楽しげに笑うその様子に少々驚く。
(まあ、職場じゃ気を使ってんだろうな。年上ばっかりだしな……)
珍しいものを見た気持ちでその様子を眺めていると、気付けば自分のすぐ真横に伊勢が到着していた。
「伊勢さん、おはようございます」
「おはよ」
慌てて挨拶をすると伊勢は軽く顎で頷いたものの、視線は前方のハルへと綾香に釘付けだ。そのままの姿勢で「誰だあれ」と小さく呟く。無表情だけれども、恐らくこれは。
(機嫌悪い……)
明らかにハルへと向けられた敵意に近い嫌悪感を感じ取り、居心地の悪さに頭を抱えたくなった。面倒な展開は勘弁してほしい。
「あ、あれはうちの同居人で」
その時ハルとアヤカが同時に振り返った。伊勢さんの登場に気付いたハルが、にこやかな笑顔でこちらへ歩み寄り、ぺこりと頭をさげた。
「初めまして、小出といいます。香取がいつもお世話に」
「ハル」
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