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第4話

樹が再び目覚めた時、まず視界に入ってきたのは白い天井だった。 状況を把握するため、ゆっくりと視線を泳がせるが、知らない場所。しかし、どこなのか分かった。見渡す限りに様々な医療機材や生物実験機器などが並べられた無機質な部屋。薬品の匂いが漂い、白衣を着た人々が歩く。ヒューマノイドのラボだった。 体中に様々なチューブや機材が取り付けられていた。それでも樹はどうにか起き上がろうとしたが、麻酔ガスがまだ僅かに残っているのか、思考と身体が連動していないかのように動きは緩慢でもたつく。 「おはよう、樹。気分はどう?」 聞きなれた、安心する声が耳に届く。自然と笑顔をつくり、樹は振り返った。 「自分の名前が分かるなら、…俺が誰か分かるよね?」 「…航、です」 航がラボのスタッフと共に歩み寄ってきた。航は微笑みつつ、樹の髪を優しく撫でる。 「どうせ分かることだから言うけど、樹は3ヶ月寝ていたよ」 その言葉で樹の顔から笑顔が無くなり、俯いた。 「…故障した、ということでしょうか」 「…まぁ、そういうことになるね」 ラボにいるということは、何かしら修理されたのだろうとは樹は察していたが、数日程度だと思っていた。それが3か月もの間稼働していなかったという事実に言葉を失う。航も言葉が見つからないのか、声をかけようとしない。2人の間に沈黙が流れる。 その間もラボのスタッフは手際よく、樹の全身についていた管などを取り外していく。全ての作業が終わるとスタッフはタブレットPCを航に差し出した。 「再起動後の数値も問題ありませんし、このままお持ち帰りいただいても構いません。」 「分かりました」 タブレットPCに航が承認作業をすると、ラボスタッフはすぐに去っていく。 2人きりになり、沈黙を破ったのは航だった。笑顔を作り、手を差し伸べる。 「樹、うちに帰ろう。おいで」 「…ありがとうございます」 航の手を樹が取ると、航は力強く握りしめ、引き上げた。上半身を起こした樹の体に傷などの変化がなく、航の頬が緩む。 「新しい服を買ったよ」 航はカバンから樹の服を取り出した。全て真新しく、服を手に取った樹は嬉しそうに薄く笑う。 「ありがとうございます」 すぐに樹は皺一つない新しい衣類に袖を通し始めた。航は自然と微笑む。 「…靴も買ったよ」 腰を下ろすと樹の足を手に取った。 「航、自分で履けます。」 航の意図に気づき、樹が足を引こうとした。しかし、航が足を握りしめ離さない。 「俺にさせてよ」 樹の足裏に傷がないか優しく触れて確認していた。航から微かに安堵のため息が漏れる。それからようやく片足ずつ靴を履かせた。 「さあ行こう」 樹の手を引き、立ち上がらせると、航は出口へと向かう。 数歩後ろを歩きながら、樹は口を開いた。確認せずにはいられなかった。 「航、私は…」 「やめよっか」 歩みを止めることもなく、振り返ることもなく、樹の言葉を明るい口調のまま遮る。まるで樹が何を言いたいのか分かっているような口ぶりだった。 「…はい。…ただ、…これから…」 航は足を止めて振り向き、樹の顔を覗き込む。 「今は、やめよう」 口元はやや緩んでいるものの、諭すような、低い声。樹は頷くしかなかった。再び歩き出した航に手を引かれながら黙って歩く。 それから電車と車を乗り継ぎ、自宅へと向かう。その間、航はぼんやりと風景を眺め、樹はじっと俯いていた。何も話そうとしない。ただ、航は樹の手をずっと握りしめたまま離そうとしなかったし、樹も手を離すことが怖くて握り続けていた。 数時間後に自宅に帰り着いた。寒い時期だったからまだ良かったものの、樹がいない間、庭の草木は放置されていたのだろう。枯れ葉がいたるところに散乱し、庭が管理されていないことがすぐに見てとれた。 その庭を横目に家に入ると、サクラが奥から現れた。サクラの出迎えに樹はうっすら微笑んだが、すぐに異変を感じた。今まであれば、すぐに樹の元へサクラは駆け寄るのに、樹を警戒し様子を伺っている。動かない。3ヶ月という時間の流れを感じ、樹は自然と下唇を噛む。 サクラにゆっくり近寄くと、樹は指を出した。警戒しながらも、何度か樹の指先を嗅ぐとようやく擦り寄ってきた。樹だと思い出したようだった。それでもまだ不安が残る樹は、恐る恐るサクラに触れた。すると、嫌がりもせず、サクラは甘えるように喉を鳴らし始める。存在を認められたことに安心し、そして安心するとサクラの毛並みの感触がより一層心地よく感じてしまい、何度も撫でてしまっていた。 その様子を見ていた航が声をかける。 「あぁ、そうだ。サクラに餌をあげて。」 「かしこまりました」 「…終わったら、俺の寝室に来て」 「…かしこまりました」 樹は柔らかな笑顔を見せる。しかし、内心は穏やかではなかった。これから大事な話があることは容易に想像できた。どうしても最悪な場合を想像してしまい、体が震える。それでも航が今後のことをどう考えているか知りたかった。 足早にペットフードを棚から取り出し与えると、サクラはすぐに食べ始めた。勢いよく食べるサクラに頬を緩め、優しく撫でる。しかし、それも一瞬で、早く航の考えを知りたいと気持ちが急いている樹は最後まで見届けることなく、すぐに寝室へ向かった。 「失礼します。」 樹が寝室に入ると、ベッドの上に座っていた航は笑顔で両手を差し出した。 「おいで」 航の目前まで歩み寄るが、そこで樹は止まってしまう。薄く笑ってはいるものの、目を伏せて動かない。 「…樹、おいで」 航が半ば強引に樹の手を引くと、倒れこむように腕の中に収まった。樹は慌てて上半身を持ち上げる。 「どうしたの?」 不思議そうな顔をしながらも航の口元は微微笑んでいる。樹は視線を逸らし俯いた。 「…あまり近づくと興奮してしまいますので」 航は一瞬驚いた表情を見せ、そして笑い出す。 「3ヶ月前の樹はワガママで、すぐに泣いて、俺の側にずっといたいって離れるの嫌がっていたのに。」 「…あの時は申し訳ございません」 消え入りそうなほど小さい声の樹。航は笑うと、再び樹の腕を引き寄せ、抱きしめる。 自制しようとしても、やはり、樹にとって航の腕の中の心地よさがたまらなかった。もう逆らうこともできず身を委ねてしまう。 「謝って欲しいわけじゃないよ。むしろ、…俺こそ…ごめん。 ワガママ言って泣き続けて、そうやって樹が警告音を出していたことに気づけなかった。」 「いえ、ご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした」 樹にとって昨日のような3ヶ月前を思い出していた。何かがあったわけでもないのに、ただただ不安で怖くて航の近くにいたくて。そして航のそばにいるのに、それでも不安が止まらなくて。思い出すだけで樹の手が不安で震え、自然とその手で航のシャツを握りしめていた。 そんな樹を宥めるように、航は背中を優しく撫でる。 「こうやって樹にまた触れられるか不安で、ずっと寝られなかったよ。」 樹の背中を何度も撫でると、腕や肩を撫で始めた。樹という存在を確認するかのように。 「3ヶ月も樹に触れられないなんて初めてだから…本当に今日が待ち遠しかった」 髪を撫で、頬を撫でる。 「家に帰る途中も、こうやって抱きしめたくて…我慢するの大変だった」 唇を何度も撫でる。 「樹は意識なかったから、久しぶりって感覚はないのかな?」 航に触れられた場所から生まれる、気持ち良い刺激に樹の全身は包まれていた。そして、蓄積された気持ち良さはやがて快感に代わり、その快楽に酔ってしまう。頬を染め、呼吸が少し早くなり、シャツを握りしめる指にも力が入る。 「記憶はそうですが、…体は、久しぶりのせいか、…反応が早いです。とても…変な感覚です」 「…そう」 "変"という言葉に航の手が止まる。記憶と感覚がアンバランスなままでいることにより、樹の神経がまた傷つくことを恐れた。しかし航にはどうすれば良いか分からない。名残惜しそうに手が離れる。 航の手が離れたことに樹は気づいたものの、樹は自分のしがみつく指を振りほどけない。シャツ越しに感じる航の僅かな体温が心地よく、そしてシャツの襟首から漂う航の僅かな体臭に惹かれていたことは分かっていたが、体は正直で、誘惑に勝てなかった。もっと航を感じたいと体が叫んでいるようだった。 そんな樹に気づくことなく、どこか遠くを見るように航は話し始めた。 「気になるだろうから先に言っておくよ。樹が停止した要因が2つあって、そのうち1つは俺のせい。 …ラボの人に、俺、すごく注意されたよ。樹の扱い方がひどいって。」 樹の視線に気づき微笑みかけると、航の視線は再び宙を舞う。 「デッサンの時さ、いっつも泣かせていたでしょ。あと、最後まで、…セックスしなかったでしょ。 樹は愛玩タイプだから…あれが神経に相当な負荷をかけていたみたい。」 航は目を伏せ、重苦しい表情を見せた。 「傷つけたくないと言いながら、俺はずっと樹を傷つけ続けた。…本当にごめん」 樹は何度も首を横に振った。何か言いたげに口が僅かに動くが、言葉にならない。 そんな樹の背後では航の指が宙を舞っていた。躊躇った後、手のひらは空を切ってきつく握りしめられる。 「樹を失いたくないんだ。」 無理やり笑顔を作り、樹を見つめた。 「それでさ、罪滅ぼしでもあるけど、樹が望むことを何でもしたい。」 航は気まずさを誤魔化すためか、先程と打って変わって明るい口調で話す。 "失いたくない"という航の言葉は、樹にとって天にも昇る心地だった。"廃棄処理"という言葉がずっと頭から離れなかったから尚更だった。涙を必死に堪え、笑顔を作る。 しかし、愉悦に浸る間もなく、航の問いにどう答えることが最も良いのか悩む。樹の望みは以前から変わることなく決まってはいたが、その望みが身分不相応でおこがましいことは分かっていた。一瞬の間をおき、笑顔で航の目をまっすぐ見る。 「航の望みに沿うことが私の望みです」 航に喜んでもらえるはずだ、そう樹は思っていた。しかし、航の表情は沈み、寂しげに笑う。 「…そう言うかもしれないと思っていたよ。でも、その言葉に俺は甘えて、樹を傷つけていたんだよ」 稼働停止したことは事実だった。航の言葉を訂正する言葉が樹には見つからない。小さく首を横に振り、視線を逸らすことしかできなかった。 航は軽くため息をつくと、樹の顔を覗き込む。 「…俺に気を遣わなくていいから。樹がしたいこと、何かあるでしょ? …例えば…その…セックス…でもいいけど。」 樹が目の前で稼働停止した時、これは悪い夢だと何度も叫んだし、両親が死んでから全く信じていなかった神にさえ樹を返して欲しいと願い続けた。それでも現実は変わらず、樹を抱えて駆け込んだラボでは「諦めた方がいい」と何度も言われ、ケースの中で眠る樹を見続けることしかできなかった。航は自分の未来に絶望し、何も手につかず、この5年間の自分を恨んだ。 だから、"画風の変化が怖い"や"樹がヒューマイド以上の存在になって溺れそうで怖い"なんて、どうでも良かった。むしろ、肉体関係をもつことで樹がずっとそばにいるのであれば、自分の絵が否定されようと、世間からなんと言われようと喜んで受け入れるつもりだった。 しかし、樹の表情は冴えること無く、ただ視線が揺らめく。もちろん樹からすれば航と繋がりたかった。何年も思い続けてきていたことだ。想像するだけで体が熱くなる。しかし、同時に別の様々な思いが浮かんでは消えていく。 「…分かりません」 下唇を噛んだ。そんな樹を見て、取り成すように航が笑顔を見せる。 「いきなり言われても困るよね…あぁ、そうだ」 胸ポケットから青い石のペンダントを取り出した。 「3ヶ月前のお土産。」 樹が停止する直前に渡したものだった。再び樹の首に飾る。 「覚えている?」 「はい。ありがとうございます。とても嬉しいです。」 樹は薄く笑い、ペンダントトップの石を手に取る。つられて航も微笑んでしまう。 「良かった」 航の手が無意識に樹の髪を撫でていた。しかし、我にかえり慌てて手を引く。 「…それじゃあ、明日までに考えておいてよ。…他にも話があるけど、…今日はもういいや。」 航が樹から離れようとした。しかし、樹の手が航のシャツから離れない。 「…樹?」 「私の望み、ですが、その…まだ…もう少し…一緒に…いたいです」 「いいよ」 屈託なく笑う航。 「ただ、さっきも言ったけど、ずっと寝れなかったんだ。だから今すごく眠くて。…少し寝ていい?」 樹が自宅に戻ってきたことにより緊張感が解け、航には強烈な睡魔が襲っていた。 樹は静かに首を縦に振る。 「良かった」 航は悪戯っぽく笑うと、樹の手を引き、ベッドに倒れ込んだ。驚いた樹は反射的に航の腕にしがみつくしかない。そのまま2人は音を立て、ベッドへ倒れ込んだ。仰向けに寝る航に樹が添い寝するように重なる。 「…あ、でも、樹、興奮しない?大丈夫?」 航の問いかけに、「自信がない」と樹は素直に答えるべきだろう。しかし、そう答えれば航が寝ないことは容易に想像できた。睡眠妨害したくはないという思いと、まだそばにいたい思いが樹の中で交錯していた。 …きっと上手く我慢できる そう自分に言い聞かせ、航に薄く笑う。 樹の笑顔に航は軽く頷き、瞼を閉じた。樹が戻ってきた安心感からか、すぐに規則正しい呼吸が始まる。 樹は添い寝をしながら、触れるか触れないかの力で航の体を何度も撫でる。ゆっくりと肩から胸に撫で下ろし、円を描くように手の甲で胸を撫でると、胸から腹部へと撫で下ろす。飽きることはなく、何度も繰り返す。 繰り返すうちに、少しずつ、だが確実に樹の中で興奮が昂まる。歯止めがかからなくなる前に自室に戻り、自己処理して落ち着かせないといけないことは分かっていた。しかし止まらない。 静かに起き上がると、航の体に跨り、四つん這いになった。航が起きる気配はない。微かな寝息だけが聞こえる。後ろめたさからくる緊張で全身が震え、何度も躊躇うが、それでもこの3ヶ月で航がどう変化したか、少しでも知って自室に戻りたかった。 両手でゆっくりと優しく航の体に触れると、以前と変わらず、筋肉質の感触が布ごしに伝わってくる。ただ、腕に触れた瞬間、動きが止まった。 …細くなっている この3ヶ月、あまり体を動かしていなかったのかもしれない。いや、きちんとした食事をとっていなかったのかもしれない。自分が壊れることなく、毎日食事を提供していれば少しは違ったかもしれない。樹は自分の脆さを悔やみ、目に涙が滲む。そのまま涙がこぼれそうになるが、航を起こすわけにはいかなかった。深呼吸を何度か繰り返し、気持ちを必死に落ち着ける。 息が落ち着くと、ゆっくりと顔を航の体に近づけた。他に変化がないか、じっくりと見るが、手や顔に傷などはない。ただ、航の静かな吐息だけが耳に入ってくる。 少しだけ安堵し、ゆっくりと航の頬に触れた。そのまま自然と唇に触れる。航の柔らかい唇の感触、そして背徳感から樹の感情が昂る。 「航は変わらずお優しい方ですね。 …これからもずっと、死ぬまで、私を捨てずにおそばに置いていただけますか?」 小さく呟く。先ほどの航からの問いに樹は素直に答えることが出来なかった。しかし今は違う。深く眠る航を前にして、樹の思いが口から漏れてしまう。 感情の昂りは止まらず、ゆっくり顔を近づけた。もう少しで触れそうなほどの近さで止まる。航の呼吸が樹の顔にかかり、樹の呼吸と混じり合う。息の混じり合いから、航との口づけを思い出す。互いを求め合い、大事な存在だと確認するかのような、樹にとって幸せな一瞬。思い出すだけで興奮を覚え、頭の奥が熱くなる。 無意識に、唇を重ねるように顔を近づけた。しかし、あともう少しで触れそうな時、樹の動きが止まる。もし航が起きて気付いたら。今までの関係性をこの一瞬で壊してしまったら。そして、もしも自分が廃棄処分になったら。考えるだけで恐ろしかった。航が欲しい気持ちを必死に抑え、上半身を起こすと、自室まで戻れる平常心を保つよう深呼吸を繰り返した。"今まで通り"に戻るために。 「…ん…暑…い…」 突然響く航の声。樹は驚き、危うく声を上げそうになった。息をひそめ、身をすくめる。この状況の言い訳を必死に考える。 しかし、航の瞼は開くことはない。ただ、シャツの襟に手をかけ、強引に広げようとしていた。襟が詰まって寝苦しく、声を上げたようだった。航の指をかいくぐり、シャツのボタンを外した。慌てていたため、ボタンを多めに外してしまっていたが、その分襟ぐりが大きく広がった。息苦しさがなくなったため、航は再び、規則正しい寝息を立て始めた。 航が目を覚まさなかったことに安堵したものの、はだけたシャツの合間に見える、航の肌から目が離せない。樹にとって航の裸を見る機会なんて今までほとんど無かった。こんな機会はめったに無い。何年も待ち望んでいた状況に平常心はかき消えて、誘惑が樹を突き動かしていた。自然と息が荒くなる。 「…少し、見るだけだから」 自分に言い聞かせるように独り言を呟きながら、震える指で航のシャツのボタンを全て外し、はだけさせる。露わになった、細身だが筋肉質の体。胸は呼吸に合わせて規則正しく上下し、少し汗ばんでいる。樹からすれば、誘惑しているように見えた。自然と手が動く。 「…少し、触るだけだから」 恐る恐る、震える手で優しく触れる。筋肉の弾力は硬く、しかし若者らしく張りがあって肌触りは心地良い。汗がうっすらと光を反射していることも樹にとって魅力的だった。 …これ以上はダメだ。止まらなくなる。 そう分かっていながらも、衝動に樹は勝てなかった。 「…少し、嗅ぐだけだから」 自分に言い訳し、ゆっくりと航の胸に顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。シャツなど遮るものがなく、航の濃厚な匂いが樹の嗅覚を直撃した。重く深く頭の芯に響き、快感が膨れ始めた。下半身も疼き出し始める。 「…少しだけ」 肌の感触や弾力などを指先で感じながら、航の胸にゆっくりと唇を落とした。微かに唇へ伝わってく航の肌の感触、指先に伝わってくる航の体温。全てが愛しい。 「もう少しだけ…」 やめないといけないと分かっているつもりなのに止まらない。航の胸や腹部にゆっくりと何度も口付けを落とし続けた。唇に移る航の汗さえも樹の興奮材料になり、それは快感へと繋がっていく。そうやって、何度も繰り返すことで、樹の思考は快楽にどんどん侵されていき、やがて呆けたかのように顔は火照り、夢中になって口付けを繰り返していた。 少しずつ下半身へと下がっていき、樹の手が航のボトムスにかかる。一瞬躊躇うが、やはり誘惑に勝てなかった。 「見るだけ、それだけ。見たら終わり…」 自分に言い聞かせながら、震える指でベルトを外し、ゆっくりとボトムスを下ろす。航のペニスが現れると、震える手でゆっくりと触れた。初めて目にし、初めて触れることの興奮に加え、目の前にあることで航と繋がることを想像してしまう。何年もずっとずっと願っていたこと。息はさらに荒くなり、樹の口は閉じることはない。欲しくてたまらない。 「1回だけ…」 押し寄せる欲情に逆らえず、樹は航のペニスに震える唇で口付けをした。 「あと1回だけ…」 そう何度も呟き、何度も繰り返す。繰り返すうちに感覚は麻痺し、下半身の疼きがどんどん強くなる。ひと目でわかるほど腰が揺れ出した。 …欲しい。航が欲しい。 欲望がとどまることなく溢れ続け、もう航と繋がることしか考えられなかった。口付けと同時に吸うように舌を這わせていたが、やがて舌全体を使い、絡ませるようになっていた。丁寧に根元から先端までゆっくりと何度も舐め上げる。やがて航のペニスを口に含み、ゆっくりと顔を上下させ始めた。熱い吐息を口端から漏らし、腰の揺れがひと際大きくなる。 航の手足が動いたが、快感に支配され、欲望に忠実になってしまった樹には気づく余裕はなかった。 「ん…はぁ…」 体の異変に、航は深い眠りから覚めた。最初は何が起きている分からなかったが、股間にうずくまる樹、そして強い快感。すぐに悟った。快感に苛まれながらも、暴走したことによる樹の神経のダメージが気になる。が、今さら止めるつもりもなかった。 「…い…つき…」 声をかけるが、樹は夢中で気づかない。航は上半身を起こし、強引に樹の顔を持ち上げた。視線は焦点が定まらず、口は半開きにし、甘く喉を鳴らしている。 「樹!」 語気を強めて再度呼びかけると、ようやく瞳に理性の色が戻った。状況を把握した樹は途端に激しく動揺し、後退りすると土下座するように顔をベッドに伏せた。全身がガタガタと震えている。 「お許しください…!この罰は…どのようなことでも受けます!ですから、私の処分だけは…」 出来る限り、優しい声で航が問いただす。 「っ…どうして…さっき…言わなかったの」 「…申し訳ございません…お許しください…」 樹は謝罪の言葉を繰り返すばかり。航がため息をつく。 「遠慮した?…俺の言い方が…悪かったね」 「いえ、私の責任です…申し訳…」 樹の言葉を制するように、航は強引に上半身を持ち上げた。樹の目には涙を浮かんでいる。 怒っていないとでも言いたげに航は微笑むと、樹と唇を重ねた。そのまま唇を何度も甘噛みし、樹が口を薄く開くと舌を差し入れた。舌を舐め、歯列や口腔内を舐める。航との口付けに酔いしれ、気持ちよさそうに樹が喉を鳴らし始めると、航は唇を離した。物欲しげに見つめる樹の頬を優しく撫でる。 「服、脱いで」 樹の返事を聞かないまま、航は再び唇を重ねた。樹の後頭部に手を回し、より深く舌を差し込む。喉奥まで届きそうな快感に樹は嬉しそうに目を細めた。そして、もっと欲しくて堪らなかった。航に呼応し舌を絡めながらも、樹は慌ただしくシャツのボタンを外し脱ぎ捨てた。すぐさま、樹の滑らかな肌の上を航の両手が滑り出す。背筋や脇腹など、樹の感じやすい部分を集中的に刺激していた。樹は快感で体を震わせ、喉を鳴らす。 ただ、集中的に刺激されたことで意識が飛びそうになったのか、樹はたまらず頭を引いて唇を離してしまう。そのまま崩れるように航の胸に頭を預けてしまった。しかし、目の前には航の首筋。航の匂いが樹を追い詰めるようにさらに刺激してくる。樹の肌の上を滑る航の手も止まることはない。与え続けられる快感に何も考えられなくなった樹の嬌声が部屋に響き出す。 航の手が樹の臀部へと移る。ボトムスの隙間から指を差し入れると、臀部の割れ目を何度も往復し、刺激し続ける。一番触って欲しいところなのに、あと少しなのに、触ってくれないもどかしさ。樹の目は虚ろになり、口を閉じることなく喘ぎ続け、もっと快感が欲しいと腰を振る。 「樹、…早く…脱いで」 「あぁ…っんぅ…はっ…い…」 震える指でボトムスに指をかけると、一気に膝まで下ろした。臀部が露わになり、航の指はさらに割れ目に食い込む。より深く刺激し始めた。樹の足がガタガタと震え出すが、どうにか両足を前後に動かして脱ぎ捨てる。 「…わ…た…るぅ…」 名を呼ぶことで言いつけを守ったことを告げる。航は微笑むと、樹の体を引き寄せ、押し倒した。仰向けになった樹は潤んだ瞳で航を見上げる。 「わた…る…セックス…した…い…です」 何年も待ち焦がれたこの瞬間を逃したくない思いと、またいつ自分が停止するかもしれないという不安に押され、航が欲しい気持ちを素直に伝えた。そして自分の両膝を抱える。アナルが丸見えとなり、誘うかのようにひくついている。 航は頷くと、樹の腰を少し持ち上げ、自身のペニスを押し当てた。そのままゆっくりと、樹の足を押し広げるかのように前方へ体重をかけた。慣らしていなかったが、樹のアナルは抵抗なく飲み込んでいく。樹も、背を反らしながらも、歓喜するかのように全身を震わせた。そして、離れたくないと言わんばかりに両足を樹の腰へと回す。 航もまた気持ち良さに体を震わせ、荒い呼吸を繰り返していた。樹の髪を優しく撫で、優しく口付けすると、樹を抱きしめたまま腰をゆっくり動かし始めた。 ピストンするたびに、前立腺を擦られ、樹は喉を甘く鳴らす。ただ、下唇を噛み、できるだけ声を出さないように耐えていた。 「樹?…声…我慢…しないで」 なぜ声を殺しているか分からなかったが、航は樹に精神的負荷をかけたくなかった。腰の動きを止めることなく、再び口付けを落とす。そして、口を開けるよう、唇を舐めて促す。その誘いに樹は一瞬躊躇いつつも、唇を解いた。上擦った声と荒い呼吸が大きくなり、部屋に響く。 航は満足げに笑うと、深く口付けをした。少しでもより深く舌を差し入れる。しかし、それは僅かな時間だった。唇を離すと、樹の肩に顔を埋めた。そして、片方の手は樹の肩、もう片方の手は樹の背中に回し、抱きしめる。そのまま、腰の動きを少しずつ早めた。リズミカルに規則正しく肌がぶつかりあう音が響き出す。 それ以上に樹の嬌声が大きく、止まらない。下半身の快感が強くなったこともあるが、耳元で聞こえる航の熱い吐息が樹の頭の中で渦巻き、頭の芯をより熱くさせていた。航の吐息と興奮が伝わることで、樹はさらに興奮し、そして否応無く快感に溺れてしまう。溺れて、気が狂いそうになる。溺れたくないのか、流されたくないのか。それとも、もっと溺れたいのか。航に強く抱きつき、背中に指を立てた。嬌声がさらに大きくなる。 そんな樹を落ち着かせるかのように、突き上げながらも、航は樹の肩や背中を撫で続け、気まぐれに顔を持ち上げては深く口付けをし、首筋や鎖骨に唇を落とす。 「気持ち…いい?」 耳元で囁かれる航の声と吹き込まれる航の熱い吐息。ゾクゾクとした快感が樹の耳から脳内を駆け巡る。喘ぎながら、樹は何度も大きく頷く。全身が快楽と喜びで満ちていく。 「…良かった…樹…今まで…ごめん…」 樹を抱きしめる航の腕に力が入る。 「…っあん…よし…と…っん…おね…がい…です…んぅ… もっと…乱暴に…あぁん…私を…ただの…物の…ように…っやぁっ…扱って…くだ… んあっ勘…違いっ…ぁあっ…するっ…」 樹の言葉で、航の動きが突然緩慢になった。顔を持ち上げ、樹の目を捉える。 「…んっ…勘違いって…はぁ…何?」 樹は目を大きく見開くと、顔を背けた。視線が揺らぎ、一瞬、冷静さが瞳に宿る。 「…っやぁ…間違え…っはぁ…ました…あぁ…どうか…お忘れ…ください」 樹の望みを航は全て受け入れるつもりだった。しかし、発言を取り消し、無かったことにしたい樹の頼みを聞き入れるつもりはなかった。もし航にも考えつかない思いを持ち、そしてそれが原因で再び稼働停止のようなことになることは避けたかった。樹の顎を持つと、強引に視線を合わせた。 「…何?…言って…」 樹の視線は左右に揺らめく。航には言い訳を探しているようにしか見えなかった。 「樹…言って…早く…」 語気が強くなり、動きはより緩慢となる。樹は観念したかのように目を伏せた。航にしがみつく指に力が入る。 「…これからも…私の…ことを…はぁっ…大切に…していただける…んっ…のではないかと…思って…しまいます」 熱い吐息の中、航は安堵のため息をつく。 「なんだ…そういう…こと…」 樹の首に再び顔を埋め、抱きしめた。緩慢だった腰の動きが再び早くなる。ただ、先ほどとは違い、より奥深くへと、抉るかのように、腰を強く打ちつける。樹の中でも再び強い快楽が生まれ始める。 「樹、…安心していいよ。…それ、…勘違いじゃないから」 樹の耳元で囁く。 「はぁ…俺が死ぬ時…樹に…看取ってもらう…つもりだから。だから、…それまで…ずっと大事にするよ」 航に突き上げられ、快感を味わいながらも樹は大きく目を見開いた。涙が溢れる。 「…んぅ…ありがとう…ぁあっ…ございます」 航に抱きつく腕が震える。そのことに気づいた航は微かに口元を緩ませた。 樹の足をさらに押し広げると、緩急つけながら樹をさらに深く突き上げ始めた。まるで少しでもより密着し、一つになりたいかのようだった。呼応するように樹は上擦った声は大きくなり、2人で快楽を貪る。言葉もなく、ただ互いを求め合う。やがて、航は絶頂を迎えようとしていた。 「…はぁっ…俺、…もう…イキたいっ…いいよね?」 甘く喉を鳴らしながらも樹は何度も小さく頷き、航の腰に絡みつく足にも力が入る。樹の髪を力強く撫でると、航は腰のピストンするスピードを早くした。 「樹、…キス…しようよ」 荒い呼吸を繰り返しながらも樹に笑顔を見せる。つられるように樹も笑顔を僅かに見せ、航の顔に両手を添えた。そして、互いの唇を飲み込むかのように重ねた。そのまま舌を舐め合い、互いの荒い呼吸や唾液が混じり合う。共に快楽を貪ることで、2人の快楽も混じり合っているように思えた。もっと1つになりたくて、離れられないよう、航の首に樹はきつく抱きついた。 そのまま航は絶頂に達した。何度も腰を震わせて、樹の中に放つ。合わせるかのように、航は樹のペニスを手の平に包みピストンしたり、先端を指で刺激する。その刺激をキッカケに、樹は腰を震わせ達したようだった。樹の喉から上擦った声が漏れる。 ただ、2人とも絶頂に達する時も、そして達したあとも、深い口付けをやめようとしなかった。樹の腕も航の首に抱きついたまま離れない。息継ぐ間を惜しみ、何度も唇を重ね、何度も舌を舐め合い、何度も舌を絡ませる。互いを求め合うかのように喉を鳴らし、まるで離ればなれになったら生きていけないかのようだった。 互いの息が落ち着く頃。航は樹の顎を持ち、引き離した。樹は抵抗しないものの、名残惜しそうな表情をし、抱きついた腕を解こうともしない。口も半開きのまま、舌が見え隠れする。 まだ快感に酔っている樹に航が微笑む。 「樹、一緒に風呂入ろう」 航の言葉に黙って頷くと、樹は航により一層抱きついた。航は苦笑しつつ、黙ってそのまま抱き上げ、バスルームに向かう。 バスルーム自体はそこまで広くはなかったが、大きなガラス窓があり、山並みや空を入浴しながら眺めることができる。また、バスタブは3~4人が同時に入れるほどの大きさで、1人であれば足を伸ばしてゆったりと入浴できる広さがある。窓からの眺望とバスタブの広さで、開放感を感じることが出来、何か考え事をする時にうってつけだった。そのため、航にとってバスルームはお気に入りの場所の一つだった。 バスタブの中、航がぼんやりと煙草を燻らせていると、体を洗い終わった樹が近寄ってきた。 「失礼します」 バスタブにゆっくりと入ってきたが、航が座っている場所とは正反対の場所に座ろうとした。途端、航が笑い出す。 「樹、どうしたの。さっきまで俺にべったりだったのに」 「…先ほどは…申し訳ございませんでした」 バスルームまで樹を抱き抱えてきたのは良かったものの、航からなかなか離れようとせず、なだめすかした経緯があった。ようやく快楽の酔いが覚めたようで、恥ずかしそうに顔を背ける。 「おいで」 煙草を灰皿に置き、航が手を差し伸べた。 「…かしこまりました」 強張った笑顔で戸惑いがちに近寄ってきた樹の手を引き、航は腕の中へと誘導した。樹は航に背を預けるように座る。 「樹が停止した、もう1つの理由、だけどさ。…樹は前の持ち主、覚えてる?」 樹の体は一瞬硬直する。 「…以前の記憶はあまり思い出せません」 「そっか。」 航は小さく安堵のため息をつく。 「今回、分かったことだけど、前の持ち主は樹を随分と長く保有していたみたいなんだ。 だから…樹が動ける時間はかなり少ないみたい」 樹は目を伏せ、両手を握りしめる。 「他のヒューマノイドと比べて、稼働時間が残り少ないことは聞いていました」 「初めて会った時、そう言っていたよね。 …ただ、樹は初期型だから不確定要素が多すぎて、いつ止まるかラボの人にも分からないみたい。 1ヶ月後なのか、 数年後なのか」 思っていた以上に短く、樹の目に涙が滲む。 「…1ヶ月、ですか。」 「そう。停止した理由の1つだろうって言われた。」 突然、航が明るく笑いだす。 「そうそう。いつまで動けるか分からないから、樹は安かったみたいだよ。 だから、叔父さんが購入できた唯一のヒューマノイドみたいだけど…」 航は樹を強く抱きしめ、樹の肩に顔を埋める。 「皮肉だね。残り時間が僅かじゃなければ、こうやって樹とは出会えなかった。 …出会えて本当に良かった。」 樹も薄く笑い、航の手にすがりついた。 「ありがとうございます…私も航に出会えて幸せです」 その言葉に航は微笑む。誰が主人でもそう思うようにプログラミングされているのかもしれないが、それでも航にとっては嬉しかった。重ねられた樹の手を取った。 「それでさ、どうやったら動ける時間の延ばせるか調べたんだ。…でも今の技術では、無理みたい。」 「…はい、…覚悟しています」 その言葉を聞き、航の顔から笑顔が消えた。樹の顔を覗きこむ。 「俺は嫌だよ。樹を失いたくない。…樹はどう思っているの?」 航の真っ直ぐな瞳から樹は目をそらすことが出来ない。 「…私も…できれば…航の側にずっといたいです」 樹の瞳から涙が溢れる。稼働停止の不安もあったが、それよりも航の気持ちが嬉しかった。 航の顔に再び笑顔が浮かぶ。 「良かった。…今は無理だけど、未来はどうなるか分からないだろ? 叔父さんの知り合いに、ヒューマノイドの寿命を研究をしている人がいるんだ。 その人に樹のことを相談しようと思っている。」 しかし、突然、航の顔から笑顔が消えた。樹の手を強く握りしめる。 「それでさ、頼みというか、絶対にやって欲しいことだけど、 …延命方法が見つかるまで、樹の起きている時間を減らしたいんだ」 航の提案に樹は驚き、振り返った。体液を低温状態にして保管するなど、確かに稼働時間を意図的に変える方法はあった。しかし樹は喜べなかった。 「航のお気持ちはとても有難いのですが、…ご迷惑をかけることはできません。」 維持費などが高いうえに、航の世話をしないヒューマノイドに存在意義はないと樹は感じていた。 「高額な費用をかけていただくほど私に価値はありません。…お気持ちだけいただきたいです」 航に向かって頭を下げようとした。しかし、樹の肩を航が掴み、止めた。 「樹、さっき言ったよね?俺の側にいたいって。あれは嘘?」 「嘘ではありません」 「…それなら、どうして何もしないうちに諦めるんだよ!!!」 つい声を荒げてしまう。バスルーム内で声が反響した。気まずそうに航の視線が揺らぐ。 「…大声出してごめん。…でも樹は俺の気持ちを考えてないよね? 自分に価値がないと言うけどさ、…さっきもベッドで言ったけど、…俺は樹に看取って欲しいと思っているよ。 俺には樹が必要だけど、俺の希望を少しは叶えようとも思えない?」 樹は何も言えず俯いてしまう。 「10年後20年後、俺が泣いていたら一緒に泣いてもくれないし、慰めてもくれない? 嬉しいことがあっても一緒に笑ってくれない? …自分に価値がないって言うなら、俺のそばにいるのは誰でもいいってこと?」 樹の呼吸がどんどん荒くなっていく。自分がいない航の未来を想像するだけで辛かった。 「…どうしても嫌なら…樹に無理強いをして傷つけたくないから…それじゃあ…俺が樹を看取るよ」 とうとうたまらず、声を上げてボロボロに樹が泣き出した。航の優しさ、稼働停止することへの不安や悲しみ、そして航の側にい続けたい欲求、いろんな感情が混ざり合い、樹は自分の感情をコントロール出来なかった。どうにか泣き止もうとするが、涙が止まらず両手で顔を覆う。 ここまで泣く樹を見ることは航にとって初めてだった。どうすれば良いか分からず戸惑うが、結局、普段通りにすることしか思いつかなかった。 「ごめん」 航は樹を引き寄せ抱きしめた。あやすように何度も背中を軽く叩く。 「いろいろ言い過ぎたと思っている。…でも、俺の本当の気持ちだよ」 航の優しい語り口調に樹の感情は少しずつ落ち着く。恐る恐る顔を上げた。 「ありがとうございます。…航と…出来る限り長く…一緒にいたいです」 航は笑みを浮かべる。 「…うん。…嫌になったら止めればいいし。やってみよう」 樹は静かに頷いた。樹の瞳にまだ涙が滲んでいるが、口元は微笑んでいる。 「樹、ありがとう。…そして、ごめん。」 樹の涙を指でふき取り、宥めるように軽く口付けをした。

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