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2 危地

 ボランティアは妃のおかげでトラブルもなく終えることができた。  妃の円滑にことを進め問題を回避する能力に幾度も頭が下がった。  口の悪さなど真っ当な行動の前ではなにも気にならない。  妃をすっかり信用したが、愛想が悪い部類の真は彼と必要以上に親しくするわけでもなく、やや名残惜しさを覚えながらも連絡先の交換もせずにその日は別れた。  だが連休が終わると、大学内で妃のほうから真をたずねてきた。 「真、サークル入ろうよ」  昼食時、教室で一人コンビニ弁当をつついていると、妃が隣席に着いて愛想よく語りかけてくる。  自分は妃に対して好感を持っているが、逆に妃が好感を持つようななにかを自分がした覚えがない。  サークルに勧誘されるような徳のある行動も取っていない。 「俺が入ったら迷惑だろ」  妃と共に活動をしてみたい気持ちはある。  しかし先日は妃に止められたが、次いつ自分が暴走するかわからない。  迷惑をかけるからといって自分で止められるものならとうに止めている。  悪いことをしたとさほど思っていないから、猛省して手を止めるということができないでいるのだろう。  自分一人が責任を負うならよいが、なにかに所属して連帯責任を負わせるようなことはできない。  妃に大きな迷惑をかけたのは真が切れかけた一件のみ、すぐに妃はそれを察した。 「そんなの俺止めてやるよ?」 「いや、そもそも俺ボランティアとか向いてない」  妃と違って無愛想で気もきかない。  なにを思って誘っているのか見当がつかない。  なのに妃は、軽く言った。 「向いてるよ。真、優しいじゃん」 「どこが」 「どこがって、全部?」 「わからない」  まったく心当たりがない、自分は粗暴な人間だ。  真は会話を止めて食事を再開する。  心当たりはないが精神的に優れた人間であると把握した妃にそのように言われると、自分の中にそういった部分が少しでもあるのだろうかと謎の自信が湧いてくる。  だいぶ話に乗りたいのだが、やはり沸点の低さが差し障る。 「考えとく」  空になった弁当をレジ袋に突っ込み、立ち上がる。  スマホと電子煙草を手にすると、妃も席を立った。 「あのさ、就活に有利だからってサークル来てるやつら多いから、真みたいにまともやつと一緒にやりたいんだよ。お願い」  華奢で淡い色をした妃がなぜか必死になって自分を見上げてくる。  以前のこざかしさは皆無で、真面目に言っているのだろうがそこに甘くねだるようななにかを感じて、妃に対してまた戸惑う。 「どこがまともなの。俺、喧嘩してボランティア強制されたんだけど」  すでに心の内は決まっている気がしたが、どうしてもわからなくてぼそりと問う。  妃は、いたずらっぽい笑みを見せた。 「強制でもダラけなかったし、自分より他人優先するじゃん。今どきの若者にしては立派立派」  今どきの若者の結晶のような妃が言うと一見信用ならない。  だが妃がまともな人間であると心得ているから、その言葉を受け止める。 「どんな感じか聞かせて」  昨年度女と共に参加していたサークルから抜けてしまったばかりだから、ちょうどよい。  ボランティアをすることは粗暴な自分の精神修養に適しているのではないか。  妃の言動からなにかを得ることもあるように思う。  ボランティアサークルの活動は月二回の全体ミーティングと複数計画されるボランティアへの自主参加。  実際サークルに参加する前に、妃は真のもとへたびたびおとずれた。  暴力沙汰で教室内で孤立した真への配慮なのか単にみずからの意思なのか判別できなかったが、妃が縁のない人間にまで軽く声をかけていくため孤立が日増しにやわらいでいた。  おそらく妃の意思は、前者なのだろう。  参加を決めてからはじめての全体ミーティング、サークルについては妃から簡単に話を聞いただけなので活動場所も参加手続きのしかたもなにもわからない。  妃に案内をまかせ、一旦校舎を出る。  集会室の入った棟に出向く前に喫煙所に寄ると、妃が先客の男に声をかけた。 「あれ賢一、煙草吸ってたっけ?」  長身で誠実そうな黒髪の男は、無表情で妃を見やる。 「最近吸い始めたんだよ」  それ以上の言葉はなくひと口煙草をふかすと、男はかすかにおだやかではない目つきで妃を見下ろした。  妃の声のかけかたからすると友人のようにも思えるが、態度がどうもそれにふさわしくない。  当の妃もやや表情がかげっている。  問題があるのなら立ち去りたかったが自分も電子煙草をセットしてしまっていた、今ここを離れては逆に不快ではないか。 「知り合い?」  間を持たせようと妃にたずねる。 「うん、高校同じだった」  笑顔で答える妃の表情に引っかかりを覚える。  単なる顔見知りの同級生では、なさそうな。  過去にいざこざのあった相手だろうか、妃でもそのようなことがあるのかとぼんやり考えながら煙草を口に運ぶと、男は真に問いかけた。 「あんた、妃と寝てんの?」 「え? なに?」  突然の問いに、頭がついてこなかった。  問い返しながらも男の言葉を思い返すが、やはりなにを問われたのかわからない。 「なに言ってんだよ、賢一」  あせったように妃が抗議する。  なにに対して妃が反論したのかと理解する前に、誠実に見えた男は煙草を捨てると険悪な笑みを浮かべ、妃を無視して真に告げた。 「こいつその気がなくても充分抱けるレベルでエロいから、俺の後でよかったら試してみろよ」

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