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6 隠然

 賢一と殴り合いをした一件は相手との和解じみたものだけで落ち着くことはなかった。  数日後教員に呼び出された真は、その心当たりも明確で責任を取る心構えもあったのでおとなしく呼び出しに応じた。  話を聞きながら、嘆息した。  見ず知らずの人間が一件の動画をネットに上げていた。  自分が殴った直後、賢一に胸ぐらをつかまれてからの短い騒動。  場所や当事者についての情報はない、たいして拡散もしていない、ただただ喧嘩を目撃したというだけの意味のない映像。  アップロードした人間や閲覧しコメントした者の個人情報と真の前科で、教員に特定されてしまった。  自分だけなら問題ない、止めに入った妃が映し出されたことが痛い。  売られた喧嘩を買って自分も殴ったことを認めると、再度ボランティアサークルへの臨時参加を求められる。  妃が共に活動してくれるなら大丈夫だろうか。  妃の存在が抑止力となって手を止めることができるように思える。  やや重い気分を喫煙所で吐き出す。  スティックを捨て歩きながら電子煙草を収納していると、後方から肩に手を置かれた。  振り向くと同じほどの背丈の柔和そうな男が、二重の大きな瞳を細める。 「ねえ、ちょっと来て」  無愛想な真とは正反対の年上か年下かもわからない優男は真を近場の長椅子にうながした。  呼ばれる理由はわからないが悪意のある顔をしていなかったため後に続いた。  男は長椅子にかけると、真を見上げる。 「動画見たよ。妃くんの取り合いしてたのかな?」  隣にかけながら、真はおとなしく男についてきたことをやや後悔した。  この男は賢一の言っていた妃を抱く別の男なのだろう。  なんとなく、関わりたくない。 「取り合いなんてしてない」 「きみのほうが勝ってた感じだよね、提案なんだけどさ」  爽やかを体現したような男は笑顔で間合いを詰めてくる。  プライベートにまで踏み込んでくるような距離感、妃とは違った雰囲気のからみつくようななれなれしい語調。 「妃くんと三人でしてみない?」 「なにを」 「なにって、三人同時プレイだよ」  真は言葉を理解しながらもうろたえた。  それは爽やかな大学生が発するような言葉ではなく、視覚と聴覚の処理が追いつかない。  返事がないことで迷っているとでも判断されたのか、男が言葉を続ける。 「妃くん、僕以外にもフレがいるんだってわかったらすごいしてみたくなって! 口と後ろの同時責めとか、寝取られゴッコとかさ。本命いたらたぶんできないでしょ、今だけだよこういうことできるの」  いろいろと勘違いをする男に、言葉が出なかった。  そのような性癖があっても一向にかまわないが、自分には理解ができない。  この男は賢一と違って妃に対して思い入れはないようで、妃も遊びであるのなら自分がなにかを言う立場ではない。  だがこの男が二人がかりで妃を蹂躙しようとしていることがどこか不快で、納得がいかない。  思考は取り置いて、真は事実をどうにか伝える。 「俺は妃の、フレとかじゃないから」  男は大げさに驚いた表情をした。 「あいだに妃くんがいて喧嘩とか、色恋沙汰以外になにがあるの?」  確かに妃と賢一の問題であったなら当人同士が衝突するべきで、賢一の思惑は異常であったが一見すれば色恋沙汰で争いが起きていた。  以前処分を受けた際も寝取った男とのいざこざで、目の前の男の憶測は的を得ているのだが、もくろみは通らない。 「とにかく俺はそういうんじゃない」 「ふーん」  男はつまらなさそうに真から目をそらす。 「じゃあ別の人に頼もうかな」  空を見上げてつぶやいた男の言葉に、真は再度うろたえた。  自分の知れない領域で自分が理解できないことが実行される。 「あのさ、妃はそういうの大丈夫なのか?」  妃の身が心配で思わずたずねると、男は真に視線を戻した。 「3Pのこと? わかんないけど、ダメだったら無理矢理もいいよね。妃くんネコなのに気が強いからさ、もうやめてとか言わせて泣かせたりしてみたいな」  視覚と聴覚の齟齬がひどくて頭痛がしそうだ。  それがプレイの範囲内なのか乱暴をするという意味なのか、男の表情から判断することができない。  わからないが、放置できない。 「あのさ」  放置できないとしてどう阻止すればよいのかと困り果てていると、 「あ! 考えてくれるの? じゃあ連絡先交換しよ」  男は真の無言を都合よく解釈しスマートフォンを取り出して、極上の笑みを浮かべた。  男の名は青沼、妃と同じ学部の四年。  連絡先となんらかの権利を手に入れ、真は途方に暮れる。  なにから考えればよいのか、そもそもなにを考えればよいのか。  さまざまなことが、わからない。

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