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7 憂患
青沼と別れたその足で真は妃のもとへ向かった。
サークルへの臨時参加について妃に相談したい。
青沼の件も別の人間に頼むという形になった場合、いつなんどき妃の望まないなにかが行われるかわからない、早めに手を打たなければならない。
自分が公衆の面前で喧嘩をしたことが原因、それは本当に阻止したかった。
売店で合流し近場に設置されたベンチでサークルについて話したが、妃は快諾しなかった。
「俺、真のこと止めてやるよって言ったのに、こないだ全然止められなかったじゃん」
自分には頼られるほどの力はないのだと付け加える。
「なんで真は頭に血が上るの? 他人事なのにこないだ切れた原因は?」
そこで妃は冷静にたずねてきた。
なにかが起きたその場ではなく、事前に問題を回避する策を練ろうとしてくれているのか。
あの時は瞬間的になにも考えず手を上げたが、妃の言葉から真は過去の自分を分析する。
「妃が積み重ねてきたものをぶち壊してきたから。大事なものを壊すのは、他人のでも見てて気分悪いだろ」
「同感してくれるのは嬉しいけど、なにも壊れてないからそんなに怒んなくていいよ」
確かに壊れたというのは例え話だが、物だとしても例えだとしても自分は同様の怒りを感じるだろう。
妃は柔らかな面持ちで真を見る。
「真が誰かにフザけたこと言われたらね、俺ならそいつにおまえ損してんなって思うだけだよ」
桜祭りで妃を侮辱した中年男や賢一が損をしている、わかりそうでわからないでいると妃は以前見せた意地の悪い笑顔を浮かべた。
「そんなこと言って自分下げて、じきにまわりに人いなくなるよバカだねーって、逆にあわれになるね」
言われてみればそうだ、外ヅラをよそおっていてもあのような一面を見せられたら自分ならまず縁を切る。
自分と同等の価値観を持つものは彼らの周囲を去ってゆくだろう、去らない者とは関わりたくない。
不快な人間とは距離を置けばよいだけ、賢一のようにのちに見えなかった部分になにかを感じれば、そのあとで評価を修正することもできるだろう。
「なるほどな」
感心の声を上げると、妃は得意げに笑う。
「サークル、前一緒に行った藤城くんにお願いしなよ。あの人真がなんで臨時で参加してんのかも聞いてるし、気にかけてくれるはずだよ」
「いや、喧嘩止めてほしいんじゃなくて」
論点が多少ずれている。
藤城では意味がないのだ。
「俺、妃好きだから、妃がいれば迷惑かけないように結構用心できるかなと思って」
いてくれるだけでよいのだとうったえると、妃はすねたような表情を見せた。
おぼえのあるその顔に、失言したと気づく。
「好きとか言うなって言ったのにな」
「ああ、うん。気をつける」
言いながらみずからはさほど気をつけるつもりがないと自覚する。
嘘をついているわけではない、好意があることを伝えてはならないのか。
自分より、問題があるのは青沼だろう。
悪意を持って妃に近づこうとしている。
早急に青沼の危険性を伝えなければならない。
どう切り出そうか考え、賢一から衝撃的な話を唐突にされたことを思い出す。
今さら配慮する必要などあるだろうか。
動画の件から青沼に声をかけられたことを話すと、さすがに妃は居心地の悪そうな表情をした。
「ほんとごめん、青沼くんなに言ってた?」
「あー、あの。3Pしないかって持ちかけられた」
「えぇ……」
妃は絶句したのちに、ため息をつく。
「あの人がそーいうこと言うとは思わなかった」
「俺もそんなやつには見えなくて困ったんだけど、その、妃はそういうの、別に構わないのか?」
問うと妃はしばし間を置いて、聞き返してきた。
「真、乗り気なの?」
「いや、妃が嫌がったら無理矢理とか言うから。嫌じゃないならいいんだ、俺は断わるけど」
真顔の妃にあせるように説明する。
全くそのような気はない。
妃はやや考え込んで、答えた。
「うーん、好きなようにはさせたくないから、二対一は困る」
自分がいつも主導権を握っている、一対一ならかまわないという意味をふくんだ言葉。
同性と交わるという自分の知らない世界に妃が身を置いている、聞いておきながら湧かなかった実感が今さら湧いて、真はふいになぜか物悲しい感情をおぼえた。
同時に妃の身の危険を感じる。
「あいつとそういう話になったの俺が喧嘩したせいだし、なにかありそうならすぐ俺に連絡して。俺あいつに返事してないから、話に乗るフリして助けに行ける」
真剣に言うと、妃は苦笑した。
「俺の問題だし、自分でどーにかするよ」
妃のことだ、危険を知りながら失態を犯すというおろかなことはしないだろう。
だが妃が繊細な容姿をしているせいか、安心することができなかった。
数日後、二十二時を回った頃。
真は飲食店の厨房のアルバイトを終え単車でアパートへ戻る。
部屋でスマートフォンを鞄から取り出したとき、妃からの着信に気づいた。
なにかあったら連絡しろと言った、焦燥感に駆られながら電話を折り返す。
すぐに応答した妃は窮地にいるような雰囲気ではなかった。
普段とは幾分違う、柔らかな声音。
「今青沼くんちにいるんだけどさ。こないだ話してたやつ、真も一緒にしようよ」
ねだるような語尾が本心のように聞こえて一瞬ひるんだが、話に乗るフリをして助けるとも言ってある、これは助けを求める電話。
以前女のため買ったメットを手に、急ぎ単車に向かった。
妃から位置情報を受信する、ここから十分ほど。
近い、助かる。
グローブをはめる手が震える。
手首を振り深呼吸をすると、真は単車を走らせた。
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