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11 自照
小さなころ複雑な傷を負ったであろう妃に対して自分ができることは、無愛想に言葉をかけることと軽く触れることのみ。
自分にはこの妃をどう癒せばよいのかわからない。
そもそも、自分がこんなにも身近にいてよいのだろうか。
自分も妃をわずらわせる原因を作った者と同様、乱暴な人間ではないか。
「妃は俺のこと、怖くはないの?」
自分に対して少しでも恐怖を感じているのなら、不安がっている今は距離を置いたほうがよくはないか。
妃はわずかにこちらに視線を向けて、つぶやいた。
「全然。なんで急に、そんなこと」
「俺も、叩いたり蹴ったりする人種だから。昔を思い出したり、しないのかと思って」
その言葉に妃は目を見開き、宙を見上げ、真を見やる。
「あ、れ? そうだ。そういうのは、ムリだ」
自分の行為はやはり、過去を思い出す行為であった。
なのに妃は、それに気づいていなかったようだ。
「妃、俺と賢一の殴り合いの間に普通に入ってきただろ。俺あのときもう少しヒートアップしてたら、妃を突き飛ばして賢一を殴ってたぞ」
巻き込まれて負傷する可能性もあったのに、怯えることなく割りこんだ。
「俺はあのとき、とにかく止めなきゃいけないと思った。二人とも本当は優しいの知ってたから、止まると思った」
妃は自分の中に起きていることを整理するように視線をさまよわせたのち、床の一点を見つめ、瞳をしばたかせる。
「俺、真も賢一も、どっちも怖くないじゃん。子どものころは、大人の暴力なんてどうにもできなかったけど、今は、どうにかできる?」
戸惑うような声音で自問する妃に、真は思い当たった過去を口にした。
「そうだな。青沼ともう一人にかなわなくても、言葉でかわして俺を呼んで、つかまっても青沼の腕から逃げられたな」
子どものころは暴力に反発もできず、他人に救われ、代償に他のなにかを失ったのかも知れない。
だが今の妃は他人に勝手をさせないために大人の腕力で抵抗することができるし、状況を判断して問題を避けることもできる。
妃は真に、たずねる。
「なに? そんなに不安になること、ないの?」
「そうかもな」
短く返すと、妃は前方を見すえて目元をゆるませた。
「俺、またどうにもならなくなるの心配してたみたいだけど、もう、大丈夫なのかも知れない」
妃がいつも強かったのは、自分は弱いと思いこみ、過去の再現を避けていたからか。
妃が深く安堵する姿を見て、真はたまらず彼をふところに抱き寄せた。
妃のことであればいくらでも助けるから、もう悲しそうな顔をしないでほしい。
妃が不安であることは、自分も不安なことなのだ。
しばらくだまってふところにおさまっていた妃は、ゆっくりと頭を上げ、真の瞳をのぞきこんだ。
「あのさ、真。キスとかしていい?」
弱々しいささやきは、すでにくちづけられたかのように心をくすぐる声音。
「別に聞かなくても。俺、妃のこと好きだから、そういうのされたら、喜ぶだけだし」
間近にいるのに、妃はひとしきりためらう。
ようやくゆっくりと身を乗り出すと、ほのかにくちびるを重ねてきた。
ふたたびふところにおさまり、目を伏せる。
「俺、裸になるのはなにも考えないでやってたけど、キスは大切なモンだと思って、しなかったし、させなかったんだよ」
今まで傷つきながらも大切にしてきたものを自分にしめしてくれた、自分は心から愛されているのではないかと、真はただ、目を細める。
妃は言葉を続ける。
「なんかね、感動した」
普段無遠慮な物言いをする妃の素直な言葉は、容姿に見合って澄んでいて、どこか温かい響き。
見上げてくる瞳が、綺麗だと思う。
「俺、こういうのあきらめてたからさ。すごいバカなコトしてんのに、嫌わないでくれて、ありがとうね」
真は返事のかわりに、ゆるやかに口づけを返す。
妃は以前のように拒絶することはなかった。
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