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賢一と別れた直後、妃から話があるため教室に行くと連絡が入った。
昼食をとりながら妃を待つと、おとずれた妃は渋面で、その背後に賢一の姿。
行動が早すぎる、なんの根まわしもしていない。
「ごめん、なんか、真に用事あるとか言うから」
妃は殴り合いをした相手を引き連れてきたことに対して心苦しく思っているようだが、そこはさほど気にしなくてもよい点だ。
非常に迷惑な賢一は軽く笑いながら、
「大丈夫だっつったろ、俺らトモダチだもんなぁ?」
などと同意を求めてくる。
「ん、ああ」
不本意ながらも肯定すると、妃の渋面が多少やわらいだ。
どうでもよいことで妃をわずらわせたくない。
しかし安心できた間は一瞬だった。
いつもと違い屈託ない笑みを浮かべる賢一は、なんの前触れもなく要件を語り出した。
「奈良場。さっきの妃っぽい元カノ、とりあえず紹介しろよ」
自分をたずねてくることのなかった男が急に現れ、妃の前でなにを言うのか。
陽織の雰囲気が妃に似ているなど、性別の違いでまったく認識していなかった。
だが深く思い返さなくても、確かにふたりは似ている。
淡い色のショートカットにジャケットの似合う、凛としたたたずまい。
元彼女に似ていたから妃に惚れたのだとは思われたくない。
とは言え妃の容姿を好ましく感じたことは否定できず、それが単に好みだったからなのか一方的に別れを告げられた元彼女に似ていたからなのか、自分でもわからない。
とにかくまずは賢一をどうにかしたい、真は教室を見渡し告げる。
「ここにはいないし、ツレのいるヤツに紹介とかできないだろ」
陽織は相原とうまくいっていないようだが、一刻前共に歩いていたのだからまだ別れ話が済んだ段階ではないだろう。
賢一はすぐに断念しなかった。
「あれさーもう終わってるんじゃね? 放っといて、もしすり寄ってきたらおまえは放置できんのか?」
どういうわけか、知りもしないはずの自分の人間性にまで訴えてくる。
復縁はまずありえない、だが失恋の痛手で消沈してすり寄ってきたとしたら、無視できず言葉をかけてしまう可能性が、なくはない。
「いねーならいいわ、また来るし」
賢一はあっさりとそう言い残して、教室を出ていった。
いぶかしむような表情で賢一を見送った妃は、真の隣にかけると苦笑する。
「俺の前であーいうコト言うとか、真も困るよな」
この場をどう収拾すべきか思いあぐねていた真は、妃が察してくれたことに感謝の念を覚えた。
なにも後ろめたいことはない、賢一と頻繁に喫煙所で会話をしていたことや、以前暴力沙汰を起こした際の原因に賢一の目の前でからまれたことを説明する。
そして、もっとも伝えておきたいことを告げる。
「ヨリ戻すとか絶対ないから。雰囲気似てるとか意味ないんだけど、気になったら、悪い」
感じが似ているという事実は変わらない、しかしだからどうだということはまったくない。
妃が気を悪くしたとして責めることはできないと思ったが、その思いも妃は察して返答した。
「ちょうど真の好みに当てはまってたなら、俺は単純にラッキーだよ。男だからって全然相手にしてもらえないより断然よかったからね。それより俺の用事も聞いてよ」
妃の言葉を信じたかったが、真には本当に妃が気にしていないようには思えなかった。
語気に遠慮があり、強制的に話題を切り替えたように感じる。
不安にさせているのなら心苦しい。
しかし妃の言葉を否定もできない、妃の用事を聞く態勢に自分も気持ちを切り替える。
「サークルのSNSに、今日図書館に真が来るかとか真の連絡先を教えてってメッセージが来たんだって」
おそらく翔麻の母親だろうと、なにもないとは言い切れないため今日は参加を控えたほうがいいと、図書館ボランティアの代表者からの言葉を妃が伝えてくる。
「あいつひとりのせいで真の行動が制限されるとか、腹立つんだけどさ」
納得のいかない様子、不安そうにする原因はこちらの件か、両方か。
「あいつがなんかして真を困らせたらイヤだから、今日は休んでもらっていい?」
「わかった、今日は行かない」
今まで参加していなかったのだから、自分が行こうが行くまいが運営に支障はない。
むしろ翔麻の母親の言動が気にさわって思いがけず問題を起こすおそれがある。
「終わるころ迎えに行くから」
ボランティアに参加する日はバイトは休みを入れている、サークル活動が終了したのち妃とすごす予定だった。
「ごめんね、ありがと」
安心したように妃が微笑む。
立ち去る妃のうしろ姿を、気重に見送る。
賢一はここに来る以前に妃になにか言い渡すなど、していないだろうか。
自分のことも安心させてもらいたい、そう思うことは、気持ちの押しつけだろうか。
夕方、真は連絡を受けて大学から図書館に単車を向けた。
妃を乗せて街を走り、近場のレストランで早めの夕食をともにする。
妃が図書館で翔麻の母親に探りを入れると、やはり真の件を問い合わせたのは彼女で、読み聞かせが終わってから食事をしたかったと言ったらしい。
だが本当に軽い気持ちだったようで、面目に関わるため真が参加を控えた件を話すと、素直に反省したそうだ。
「あとさ、あの人翔麻を放置してるって言うより、色々わかってないだけかなと思って。わからないのも困るんだけど、言えば聞いてくれるんだよ」
翔麻が親と遊ぼうとしない様子を見て、妃は親をわずらわせないよう甘えることを断念していた過去を思い出したという。
翔麻を甘やかしてやれ、外では必ず手を引いてやれと、二歳しか歳が離れていないとわかった彼女に、妃は自分の過去を語りながら軽く忠告した。
「こーいうトコではナンパするなって言っといたから、今度は一緒に図書館行こう」
パスタを食べながら報告してくる妃に、真はうなずく。
「助かった。俺も前回いろいろ言いたかったけど、知った口きけなかったんだ」
感謝すると、妃はやや困った顔をする。
「軽いフリして文句言っただけだし、話聞いてくれたのはいいけど悪いやつの悪い話も聞きそうで心配なんだよな」
妃は他人のこととなると、よく観察してうまく立ち回る。
尊敬できて、愛おしい。
しかし自分のこととなると、よく見えないのかうまく立ち回れないのか。
不満とまではいかないが、もどかしい。
キスをして『これ以上したらしたくなる』と言うのだから、肌を重ねたいという気持ちは芽生えるのだろう。
真にも同様の意思があることを妃は察した。
わかっていながら避けるのは、まだどこか傷ついているからなのか、遠慮なのだろうか。
街を見下ろす高台へ単車を向けた。
日中は観光地だが夜は夜景を楽しむためかあかりが少なく、施設がすべて閉鎖して人影が見当たらない空虚な広場。
缶コーヒーを手にベンチにかけ、夜景を見渡し息をつく。
妃がとなりに座り『疲れた?』と聞いてくるので、『全然』と笑顔で返す。
妃を乗せて単車を走らせることが、無性に楽しい。
妃の望む場所へ気軽につれだてる満足感と、疾走する爽快感を限りなく同様に得ている喜び。
陽織を乗せたときはやや気をつかっていた、妃に気をつかわないわけではないが、異性であるがゆえの予測不可能な心配ごとはないだろう。
恋愛感も共感できたなら、嬉しいのだが。
缶コーヒーを座面に置く。
湿気が停滞してまとわりつく、風のない夏の夜。
真は妃の肩に左腕を回し、抱き寄せてくちづける。
目をふせた妃は、真の背中に軽く両腕をまわした。
何度かやわらかく唇にふれ、深く交差させて唇を開放してほしいと意思表示をするが、やはり反応はない。
真はかまわず妃の唇に舌先を差し入れ、歯列をなでた。
妃は身体をこわばらせやや身を引いたが、真はそれを無視してさらに抱き寄せ、口内に侵入する。
妃の抵抗は、さほど強くはないのだ。
いつも小さな抵抗を感じて自分が即座に手を引いていただけ。
妃はややあって真の意思を受け入れ、口を開いた。
そして身体の緊張を解いて、真にこたえるように、舌先をからめる。
同調を得たことで心気がたかぶり、いっそうのめりこむように妃の意思をとらえ、感じ取る。
唇を離すと、妃はなごりおしそうに一瞬身を乗り出した。
拒絶されて、いない。
「イヤだった?」
意地悪くたずねる。
街明かりでほのかに見てとれる妃が、うわ目づかいでしおらしく、つぶやく。
「そんなワケない、けど」
「俺、やっぱり妃と、したい」
妃の気持ちに配慮して自制していた。
自分の望まない展開も受け入れ、自分の意思など主張しないことが妃のためだと思ってきた。
陽織に対しても明らかに向こうに非があるところを自分の力不足だなどと言い、落胆を隠して一切責めはしなかった。
意思疎通が、なっていない。
意思を誤認識される可能性と、歩み寄れずすれ違う可能性。
好感を持たない相手の曲がった意思は許せずに食ってかかるというのに、自分もだいぶ思考がゆがんでいる。
「俺は、キスしたり寝たり、そういうのは心底好きなヤツとしかできない。今まで妃がほかのヤツと寝たことは、たいして気にしてない、けど、この先妃がほかのヤツと寝るのは、イヤだ」
倫理的に間違っているからではなく、自分が悲しいから、心の底から好きだから、この情緒に共感してほしかった。
妃とは、すれ違いたくなかった。
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