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15 共鳴

 妃は口もとを引き結び、瞳を細める。 「ここでそれ言うの、優しいよね。さすがにここでは、この先できないからね」  たしかに、逃げ場のない場所でこのようなことをせまっては妃を不安にさせるのではないかと、この場所を選んだ。 「俺今日ね、不安だったんだ。翔麻の母親が真を好きなのかも知れないってときに、真の元カノの話聞いて」  やはり、妃は日中のことを気に病んでいた。  心配することはないと背中をなでると、妃は痛々しい笑みを浮かべる。 「真が女の子とさ、やることやってたとしたら、男の俺とするのは、どうなんだろうって。無理なんじゃないかなとか、がっかりするかもとか。前にそういう雰囲気になったときに、止めなきゃよかったって、思ったり」  どうなのかなど、考えていなかった。  ただただ妃が好きであるというだけだ。 「今、ちょっと強引にキスしただろ。なんかね、ちゃんと自分は好かれてるんだなって、こういうことしたいって思ってくれてるんだなって、すごく、安心したんだよね」  気持ちが正確に伝わっていることに、真も軽く安堵のため息をつく。  つられるように妃の笑みも痛々しさを消した。 「こういうのはさ、大切にしてると、言葉で伝えるよりも気持ちが伝わるんだなって、キスしながら考えてた」  その解釈に、納得する。  妃の抵抗を無視したが、こたえてきた舌先と抱き返してきた手のひらの熱は不本意にしたがったものではなかったはず。 「エロいことするの、俺の中ではどういう位置づけがわかんなくなってて。理屈では大切なモンだと思ってるのに、もう、めちゃくちゃ汚れてて。食い違ったり麻痺したりしてて」  言いづらそうに話すのは、時を待てば折り合いがつくのではないかと見込んでふれずにきた部分。 「こんなあやふやな気持ちで真としたら、好きだからなのか安心したいからなのか、単に気持ちいいからなのか、わかんないし、そんなの真にも悪いから、さけてたんだよね」  無理強いをせずにいてよかったと思う。  理解してほしい部分を理解されないまま、その場の空気で、『遊び』で抱いてしまうところだった。 「今は、わかるよ。だから真がどのくらい俺のこと好きなのか、もっと知りたい。俺も真のことがすごく好きなんだって、知ってほしい」  自分も、知ってほしい。  妃を大切にしたい、その想いがしたたかな妃にとって不要なものなのかそうではないのか、教えてほしい。 「今日も真の家に行っていい?」  やや首をかしげて静かにこちらをのぞきこむ妃に、 「ん。来て」  真は柔らかな笑顔で、短く返した。  アパートの和室、ダブルベッドに横になり、先にシャワーを浴びた真はスマホを眺めて妃を待つ。  ややあって襖を開けてあらわれた妃は、自分同様下着にTシャツをはおった姿。  身を起こすと、妃は隣にかけてペットボトルの炭酸飲料に口をつけ、両手のひらで顔をおおった。 「じらしたの、失敗したな。ホント、真がガッカリしたらどうしようって、緊張して気持ち悪い」  真は苦笑して同じく飲料でのどをうるおす。 「俺だって、言い出しておいて妃を満足させる自信ないから」  自分の過去も妃の過去も持ち出す気はないが、賢一の『妃を余裕でイかせられる』という言葉の威力が大きすぎる。  異性との経験もさほど豊富ではなく、同性との経験にいたっては皆無なのだ。  妃は顔を上げ、ややむずかしそうな表情でこちらを見た。 「あのさ、目的としては気持ちが通じればいい感じだから、今日はあんまり期待しないで」  ふだんは強気な妃が、ひどく失敗を恐れて予防線を張ってくる。  一線を越えたいがそれでなにかを失うことを、自分と同程度に懸念しているのか。 「なんでそんなに弱気なの。今からなにかしてどうにかなっても、俺は妃が嫌いになるっていうのは、絶対にないと思うけど」  妃が自分に落胆することもないと、思える。  先ほどは場所的に途中で止める必要があったが、今は突き抜けてもかまわない。  妃に手を伸ばし、その上体をベッドに倒した。  少し驚いた顔の妃、こんな角度で見るのははじめてだ。  上体をかたむけて、妃の唇に唇でふれる。  何度か軽くついばんだのち、額から目尻、ほほ、耳へとなでるように口づけた。  妃は息を殺してじっとそれらを受け入れていたが、首筋へと移動すると吐息がふれただけで身をよじって悩ましげな息をもらした。  首筋をはんでねぶり、妃を喜ばせるためにはなにをすればよいのか、ひとつわかったことに満足する。  唇を噛んで快楽を耐えていた妃の瞳を、頭を上げてのぞきこむ。  妃はこちらを見つめ返し、つぶやいた。 「真の笑った顔、前は痛かったけど、今はなんか、違う」  身体を起こそうとする妃にならって起き上がると、妃は真のシャツに手を伸ばした。  おとなしくすべてを脱がされると、妃自身もシャツと下着を脱ぎ捨てる。  子どものころの傷跡のようなものはない、露出していた顔や腕よりもさらに白い肌。  肉体労働をしていると言っただけあって、細く見えるが力強く引き締まった身体。  扇動されて熱を持ちうつろな表情の妃は、真の肩口に唇を寄せて、ささやく。 「もうね、早くしたい。真のいいトコも探してやるから」  アパートの壁の薄さに配慮して、密かに、濃厚に、二人で互いをなぐさめ合う。  過去に妃は相手の好きなようにさせたくないと言っていたが、妃からそのような自分本位の意思は感じなかった。  示した愛情と同等のものが返ってくるようなけなげさに心ひかれ、魅惑的な表情や声音にあおられて愛でる行為に拍車がかかる。  果てたぶんだけ攻め返す。  静まり返った部屋、真は両手の指をからませ身体を重ねた妃を見下ろし、ただひたすらどうしようもなく、妃が愛しいと思った。  共にシャワーを浴びると、再び互いに熱を持ち、疲れを忘れてからみ合う。  ようやくベッドに落ち着き横になると、妃は真の胸にしがみついて離れなかった。 「どうしたの」  小さく笑ってたずねたが、妃は頭を上げない。 「だってさ、俺みたいなクズのことホントに好きなのかよって思ってたのに、なんかもうすごくわかったから。俺もすごい好きだって教えてんの」  普段は気安いかこざかしい雰囲気の妃がどこか幼い子どもに見えて、また愛しくて抱き返す。 「クズじゃない、けどもうそういうことは、しないでくれるんだよな、たぶん」  気を悪くするかとも考えたが、確認する。  言葉にして、互いの認識を明確にしたい。 「うん、遊びで抱かれに行くとか、する必要なくなった。真に抱かれれば、万事解決だから」  そこでようやく、妃はこちらに目を向けた。 「真との付き合いに、結構神経質になってたんだよ。はじめて会った時から抱かれたかったけど、いつもみたいに気軽に言ったら嫌われると思って、我慢したり」  自分もはじめてあった日から、ずっと妃を意識していた。  あの時期から互いに似通った感情を持っていたのだとするなら、胸を打つものがある。 「散々さ、感じ悪いことしてたのに、嫌われてないのが意味わかんないんだけど、あのさ、見捨てないでくれてありがとうね」  妃からの謝罪や感謝の言葉を幾度も聞いた。  しかしなにがあっても熱が冷めるということがなかった。  妃の強さに惚れ、近くにいたいと願っていた。  そばにいることを許される今を待っていた。  あやまちなら自分もおかしている、妃の目の前で妃の知人に手をあげた。  おかしたあやまちをとがめず互いに許容した。  気持ちを明かし語り合うことで不安のない場所へと補正され、その先を手に入れることができたように思う。  先があるなら、見捨てず、待てる。  幾度示したか覚えていない好意を、真は再度、ためらいなく示した。 「悪いとこよりも、いいとこが大きいから。俺、妃のこと、好きだから」

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