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6.
閉店間際ということもあり、ほとんど片付け作業に入っていた。それでも清春さんは嫌な顔ひとつせず、笑顔を浮かべて、いつものようにその細くて綺麗な指先でカウンターの席に俺を誘導する。
俺はテーブル席の、あのソファを一瞥してから、カウンターに腰掛けた。
清春さんが俺に冷えたおしぼりを差し出してくれた。そして「ジンジャーエールで許してくれる?」と言うので、俺は頷いて、清春さんにも好きな物を飲むように勧めた。
グラスを扱う清春さんの綺麗な指先を目で追った。
縋るようにあの男の背中を掴んでいた、細い指。あの男を求めた、やらしい指だ。
「これ、取りに来たんでしょ」
清春さんは結局、俺と同じジンジャーエールをグラスに注いで、2人で乾杯して飲んだ。
それから、清春さんはその話を切り出した。
清春さんの大きな手には、俺が忘れていった腕時計が乗っていた。
「お父さんから貰った大事なやつだって言ってたから、必ず取りに来るって思ってたよ」
清春さんは、大きな手を更に俺の方に差し出してきた。
俺は手を伸ばして腕時計を取り、左手首にしっかりと付け直した。体温に馴染む前のひんやりした感触と、適度な重みのある着け心地がしっくりきた。
「...セックス、邪魔しちゃってごめんね?」
俺はいきなり無遠慮に突っ込んだことを言っていた。言っておきながら、そんな言葉が自分の口から飛び出したことに驚いた。
しかし清春さんはいたって冷静で、一瞬探るような目付きで俺を見はしたが、すぐに表情を和ませた。
「ぜーんぜん。むしろドキドキしたよ」
「俺も、めちゃくちゃ興奮した」
「ほんと?オカズくらいにはなったかな?」
ふふ、と清春さんが笑った。俺は頷いて、カウンターに身を乗り出した。
「やばいくらい抜けるよ」
「お褒めに預かり光栄です」
清春さんにとっては、セックスの一つや二つ見られたところでなんともないのかなと思った。
たまたま居合わせた客が事情を目にしたことをきっかけに失客したとしても、それはそれでいいと割り切ってやっているような感じもする。
逆にこうして俺みたいな男が性懲りも無くやってきて、客として足を運んで来れば、店側の務めとしてただもてなせばいいだけのことだ。
去るもの追わず、来る者拒まず、だ。
「いつも、そこにいる人だよね?」
そこ、と顎で指したのはカウンターの端の席だ。清春さんもその場所に視線を送ると、うん、と頷いた。
今日が最後なんだ。
もうこの際だと思い、清春さんに質問を浴びせた。
「征人さん、だっけ?」
「そう、正解」
「彼氏?」
「そうだよ」
「どれくらい付き合ってんの」
「まだ半年くらいかな」
「一緒に暮らしてんの?」
「半分ね」
「好きなんだ?」
「そうだね、好きだよ」
「へえ。どこが好き?」
「彼のセックスが好き。すごく気持ちいいんだよ」
事務的な質疑応答がテンポよく展開されていたが、清春さんのその言葉を聞いた俺は絶句した。
...彼氏なものか。どこが好きかと言われてセックスが好きだなんて、身体の関係でしかないじゃないか。セフレもいいところだ。
俺はそんなの、恋人だなんて認めない。
仮にも恋人である清春さんにそんな言い方をさせてしまうあの男の器なんてたかが知れてるじゃないか。
もう失恋したつもりもなければ、諦めるつもりもなかった。
俺は今日という日を、絶対に最後にしてはいけないと思った。
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