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心臓。この世に生を受けたその時から誰しもが持っている臓器。全身に血液を送るそれに俺たち人間は生かされている。
その心臓という存在を、俺はこの半年間で強く意識することになる。
「晴輝さんが見つかりました」
感情を押し殺すようなマネージャーの声が生気を失ったスタジオへこだました。
緊張の糸を張り巡らせていた室内の空気が刹那の内に溶かされ、椅子から立ち上がっていた自分の身体をなんとか落ち着かせる。
俺達のような芸能界に身を置く人間が行方不明になるとどうなるか、そんなことは誰も知らない。表沙汰にならないからだ。
与えられた猶予は一週間だった。七日目が過ぎた時点でマスコミに取り上げられ、大々的に捜索がはじまる。そう伝えられていた。
終止符が打たれたのはその期間終了が前日まで迫っていた時、数日ぶりにスタジオに全員が揃った、逢魔時。
晴輝の姿を血眼になって探し求め、仕事の合間を縫いながら心当たりを捜索し続けていた俺達バンドメンバーは心身共に疲労が限界を迎えようとしていた。
そこに訪れた朗報。最悪の自体も想定していたためほっと胸を撫で下ろす。
「今は入院中で、復帰はまだ先になるかと」
「どこの病院?」
マネージャーの言葉にリーダー兼ギターの奏多が尋ねた。当然尋問うべき内容のように思えた。
しかしそれに対するの返答は、耳を疑うものだった。
「教えられません」
「なんで」
「……面会謝絶だからです」
意味を理解するよりも早く心臓が一人でにどくんと飛び跳ねた。
身体が宙に浮く感覚がして、目の前が霧にでも包まれたように白く霞む。上げて落とすなんて言葉は今の心情を表すのに適切で、その不快な心情の変化をジェットコースターのようだと不謹慎にも俺は思った。
面会謝絶。俺が知る限りそんなものは面会に行くだけで感染してしまうほど抵抗力が落ちてる場合か、心に深い傷を抱えている場合だ。どちらにせよ切迫した状態であることを疑いようはない。
晴輝に何が起きているのか、それを知りたいのは当然俺だけではなく、メンバー全員が事情を把握しているであろうマネージャーに詰め寄った。
どういう理由で入院してるのか、一体何があったのか、いつ会えるようになるのか。
しかし俺は何も聞くことが出来なかった。飴玉に群がる蟻のようにワラワラとマネージャーを囲む歳上の仲間たちを最年少の俺はただぼう然と、そしてどこか俯瞰的に眺めていた。
「柚葉さん、少しお話したいことが……」
「え、私?」
質問の山を躱したマネージャーが唯一の女性メンバーである柚葉に声をかけた。このタイミングでの呼び出しだ。晴輝に関係が無いとは考えられない。
マネージャーに促されるまま部屋を出て行った柚葉も動揺していたらしかったが、それ以上に残された二人の男子メンバーは何故彼女だけがと不服そうな顔をしていた。
いつだってそうだ。同じグループで仲間なのに男と女で身勝手に分類され、語られ、離される。
性別の違いがなんだと言うんだ。俺達の心はそんな物では計られないほど強いもので結ばれているのに。
そんな若者の訴えは、どうやら頭のお堅いお偉いさんには理解し兼ねるらしい。
柚葉が部屋を空けている間、誰ひとりとして口を開く者はいなかった。
先程まで座っていた椅子を引き寄せて腰を下ろした俺は、考える素振りをしながら所在なげにポケットに入れてあるスマートフォンを手に取る。
メールにもメッセージアプリにも通知はない。仕方なくSNSを開くと俺たちを応援してくれるファンの子たちからメッセージの嵐。メジャーデビューしてからと言うものの人気と知名度は鰻登りで、一つ一つに目を通すことすら難しくなってしまった。
スクロールスクロールスクロールスクロール。特筆して見たい記事など何もない。何だってよかった。思考と意識を別の場所に飛ばさないと、気が滅入ってしまうと思ったのだ。
時の流れを告げる秒針が奏でるリズムはこんな時でも一定を保っており、それらは無慈悲にも大袈裟なほど鼓膜に張り付く。誰かが行動する気配は無い。
その不快音を打ち破ったのは話を終えて戻って来た柚葉だった。全員の視線が彼女に集まる。
俺たちに囲われた柚葉は悲哀が漂っているようにも、煮え滾る苛立ちを抑えてるようにも見えた。
目に見えて普段と違うその様子に何を聞いたのか問い質したが、結局彼女が口を開くことは無かった。
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