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扉を開いた瞬間脳内に飛び込んできた世界に俺は息を呑んだ。
よく恋愛映画とかである光景。窓から入る光、風流になびく純白のカーテン、病室のベッドに腰掛け本を読む彼女はとても美しく見えた……って。
それらは全てフィクションで、創作物だと知った。
久しぶりに会った晴輝は一回り小さくなっていた。セレブ病院の馬鹿でかいセレブ病室の部屋の入口から一見しただけで分かってしまうほどに瘦せこけていた。
肉が落ちた頬と、それに不釣り合いなほど大きい眼球。元から眼力が強いと言われている彼の双眸は前に見たよりも存在感を増して鋭く、不謹慎なことにダチョウのようだと思ってしまった。
こちらを見て硬直している晴輝に目線を縫い付けたまま数歩踏み出した俺は言う。
「おはよう、久しぶりやんな晴輝。元気にしとったか? 心配したんやで!」
何かに掻き立てられるように思考を放棄した脳は、先程候補に上げていた台詞を全て口から放つ。
相変わらず動きの一切を停止している晴輝を前にやってしまったと脳は叫ぶが、俺がメンバーの中でも飛び抜けてアドリブとトークが苦手なことは周知の事実であるため許していただきたい。
晴輝、と普段の調子で名前を呼んでベッドに近づく。
「ッ、来るな……!」
予想に反して肩を跳ねさせた晴輝は否定の言葉を吐いて布団を手繰り寄せ、その存在感のある瞳を瞼の下でキョロキョロと、いやギョロギョロと動かす。
まるで縋るような、助けを求めるような。
「……ぅうッ……うぁア!」
膝を抱え、布団を抱え、頭を抱え、地を這うような低い声で唸る晴輝。爪を立てて頭を掻きむしったかと思えば両脚をドンドンとベットに叩きつける。その度に真っ白な布団と記憶の中より僅かに伸びた黒い髪が音を立てて乱れ踊った。
俺はその行動の意味を理解することが出来なかった。ただ、晴輝が苦しんでいる、異常な事態が起こっているということだけは分かった。
そして、助けなければという思いが先行してしまった。
「晴輝、どないしたん!」
パニックを起こしている晴輝の元へ近づいて未だ自らの頭を傷つけようとしている腕を掴んで制する。手に持っていた見舞いの花束がパサリと音を立てて床に落ちた。
次の瞬間、晴輝は弾かれたように顔を上げた。
目と目が合う。
静寂に包み込まれる。
あ、耳を欹ててないと聞き逃してしまうほど小さな声が晴輝の口から零れ落ちた。
限界まで開かれた目から大粒の涙が零れるのを見た。
人が泣く瞬間をこれほど至近距離で見たことが未だかつてあっただろうか。大きな二つの雫がボロリと頬を伝っていくのを、眺めることしか出来なかった。
気概も無く脚を踏み入れてはいけなかったのだと悟った。
ショートしてしまった思考回路でこの場を俯瞰して初めて、自分が掴んでいるその腕が包帯で包まれていることに気がつく。それは手首だけでなく首にまで巻かれていた。
「ッ、離せ!」
掴んでいた手を振りほどかれ、弾かれる。狭いベッドの中で懸命に俺から距離を取ろうと身動ぐ晴輝は震える両手で自分の肩を抱いた。ものすごい力だ。きっと寝間着を通り越して皮膚に指の跡が付いてしまうだろう。
俺は手を伸ばす。助けたい一心だった。
迫り来る手を前にした晴輝は、スッと息を吸い込む。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
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