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 それから俺と晴輝は毎日連絡を取り合った。バンドのこと、仕事場でのトラブル、その日起きた出来事等を報告する毎日が繰り返された。  恐らくこれは晴輝が男の人に慣れるためのステップで、リハビリで、このようなたわいもないやり取りが続いている間は会えないという証明に他ならない。  そんなことを考えていると今日も今日とてスマートフォンが鳴った。今何してる? そんなメッセージに対して、部屋でテレビ見てると事実を返す。  一人暮らし故に音がないと孤独感を覚えるため垂れ流しているだけで、特に見たい番組がある訳では無い。そのため俺の意識は直ぐにテレビから晴輝へと移った。  親からスマートフォンを貰ったばかりで浮かれている中学生同士のやり取りみたいだな、なんて思ってしまい少しだけ照れくさい。俺達は勿論中学生じゃないし、特に俺は普段こういった中身のないやり取りを面倒臭いと思うタイプの人間だ。  大の大人がこんなことで一喜一憂してるなんて、更にこれを心地いいと感じているなんて……。  体内から込み上げた羞恥心がカッと頬を燃やし、力任せに握ったスマートフォンを額に当てた。  その瞬間、見計らったように着信が入る。  けたたましいメロディを奏でながら一定のリズムで振動するそれに寛いでいた全身がビクリと跳ね上がる。少しだけ身体が浮いた。  心臓がドクドクと跳ね、無意識のうちにソファにスマートフォンを投げ飛ばしていた。 「び……っくりしたぁ! 誰やねんこんな時に……」  情けないことに未だ鼓動を打ち続けている胸部を抑えながら、ソファの上でブルブルと震えているそれを回収する。  画面には電話を掛けてきた相手の名前が記されている。それを見た瞬間、俺は眼を瞠った。晴輝の前が表示されていたからだ。  連絡を取ってはいたが電話をしたことは未にだ無かった。予想外の相手にスマートフォンを落としそうになったが、寸でのところで受け止めて通話ボタンを押した。 「もっ、もしもし」  声が裏返った。恥ずかしい。  メンバーにもシャイだと言われる俺の顔面は上気して赤くなっているだろう。これが電話で良かった。現実なら間違いなく指摘されていた。  しかし訪れたのはひっくり返った声を指摘するものでは無かった。ひたすらの静寂。それが俺を迎えたのだ。  何か用事があって電話を掛けたに違いないが、晴輝は口を開かない。  不思議に思いどうしたと尋ねると、ブチリと接続が切れた後に通話が終わったことを示す、ツーツーツーと言う音が反復された。  一体何だったんだ。自分から電話をかけてきて自分で切るなんて何がしたいんだ。  スマートフォンの液晶画面を睨みつけていると、手の中で震え出すそれ。二度目の着信。相手は勿論晴輝だ。  もしかすると何かあったんだろうか、不穏なものを胸中に抱いて電話に出るがまたしても無言が続くばかり。  無遠慮に流れ続けるバラエティ番組の笑い声は一切聞こえない。厳密に言うと耳に入っているのだが、焦燥と不安が膨れ上がった俺の意識下にそれは無かった。  やはり何かあったのかと座っていたソファから立ち上がった時、スマートフォンの向こう側から電子の波に乗って微かな息遣いが聞こえた。耳殻を画面にピタリと密着させ、全神経をそこに注ぐ。  すぅ、はぁ……すぅ。それは耳を澄ましてないと聴き逃してしまう程の不明瞭なものだった。深呼吸のように、吐いて吸ってを繰り返している。  何かあったん? そう問いかけた時、先程よりも一層大きく鮮明に晴輝の息遣いが聞こえた。  耳を澄ませて次に続く言葉を待つ。 『…………ごめん、ちょっと緊張してて』  息が止まった。否、時が止まったのかもしれない。  テレビから流れる聞きなれたメロディは消え、数秒の間頭の中が白く染まった。  緊張していた? 俺と電話するだけで、あの晴輝が? 人前に立つことが好きで、ドラムのくせに前に出て来たがるアイツが……?  予想外の反応に俺は困惑し、脳内に浮かんだ言葉を必死に振り払う。認めない。気のせいだ。  ――可愛いなんて、思ってない。  俺の事をシャイボーイだと揶揄い笑っていた晴輝の知られざる一面を目の当たりにして、愛おしさなんて芽生えていない。相手はあの晴輝だ  そう自分に言い聞かせて晴輝と同じように深呼吸をする。 『……駿佑?』 『あっ、ごめん……考え事してた。急に電話なんてどうしたん?』 『うん、ちょっと話したくて……テレビ見るなら別に切っても大丈夫だから』 『流してただけだから別にええよ』  久しぶりに聞く晴輝の声。恐らく、これもまたリハビリなのだ。直接会うことはまだ出来ないがこうやって電話で会話することは出来る。  こうやって少しずつ慣れていかなければならない。そしてその手助けを出来るのは自分だけ。  俺が、晴輝を助けないと。

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