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第二章 Hell in Love

「誰かあれから晴輝と連絡取れてる?」  休憩中にメンバー全員に向けてそう尋ねたのはギターの和人だった。数秒前までスタジオを包んでいた賑やかさはどこへやら、その問いに全員が押し黙る。デリケートな問題故に最近はあえて話題に出してないようだったが、今日その沈黙を和人が破ったのだ。  リーダーの奏多が俺は取れてないと答える。  二人共を口を揃えて取ってないではなく取れてないと答えた。つまりそれは連絡はしているが返事が無いことを示している。  アイツまだみんなに返事してないのか、と同情よりも先に呆れを覚えた。 「駿佑は?」 「……え?」 「しゅんすけぇ、また話聞いてなかったの?晴輝と、連絡取れてる?」  奏多の問いかけが俺に向けられたことに焦り目線で柚葉に助けを求めるが、彼女の瞳には絶対に言うんじゃないわよ、という冷徹な意思が込められていた。女性特有の圧にぶるりと身体を震わせ、咄嗟に取れていないと空を使う。  俺と柚葉だけ会っていますなんて暴露出来るはずがない。言ってしまったら最後、先日俺が柚葉に迫った時同様に会わせろと言われてしまうのは目に見えていた。そうなれば言い逃れする術はない。 「そろそろ本格的にまずいよな」  和人の切迫した台詞が合図だった。作り出された沈黙によって部屋中に陰鬱な雰囲気が充満していく。  躊躇いを含んだ弱々しい声を上げたのは奏多だった。 「俺は、次の曲は最悪……」 「最悪ってなんやねん」  次に続く言葉が容易に想像出来て、単純な作りをしている俺の脳に一瞬にして血が登っていく。荒々しいものが体内を吹き荒れ心を支配した。 「だから、このまま日高が戻ってこなかったら」 「何でそんなこと言うねん。戻ってくるに決まっとるやろ!」 「わかんねえだろ!」  リーダーである奏多の決断を聞きたくなくて言葉を遮ると、俺以上の声量を爆発させた和人の声が横から放たれた。  力任せに叩かれた机から腕に振動が伝わりそちらを見ると、勢い良く立ち上がった和人が座っていたパイプ椅子をガタンと倒してこちらに向かって来るところだった。  スニーカーをドシドシと鳴らす気性の荒い和人は顔面に鬼の形相を張り付けている。 「なにもわかんねえだろ! だって俺たち、アイツに何があったのか、事件なのか事故なのか、病気なのか怪我なのか……どこに入院してるのかすら知らないんだぞ? なんで絶対戻ってくるなんて言えんだよ!」  業を煮やした和人に胸倉を掴まれる。  喉元が締め付けられるような圧迫感と、久しぶりに目の当たりにしたメンバーの激怒する顔。  咄嗟に引き剥がそうと和人の手を抑えたが、自分の唇は少しも動かなかった。何を言えばいいのか分からなかったからだ。いや、何も言えなかったんだ。 「やめてよ和人!」 「落ち着けって、俺が悪かったから!」  柚葉が仲裁に入り、奏多が俺から和人を引き剥がす。揺らぐ視界の中、三人の切迫した姿が視界に飛び込んだ。  奏多と和人は本当に何も知らないんだ。晴輝に何があったのか、今も入院してるのか、それとも既に退院したのか……それすら分からない状況に置かれて肝を煎ているのだ。  毎日連絡を取って数度顔を合わせている俺は晴輝が日に日に良くなっていることを知っているから、戻ってくると希望に満ちた言葉が言える。  しかし何も知らない二人が聞くと、その台詞は途端に無責任なものに豹変してしまうのだ。 「こんなときに……喧嘩、しないでよ」  か細く震える高い声。声のする方に目線をやると、 可愛らしい顔を今にも泣き出してしまいそうに歪めている柚葉の姿があった。  それを見て落ち着きを取り戻したらしい和人が、ごめんと謝罪して腕を下ろす。  転がっていたパイプ椅子を定位置に戻して腰掛ける和人の表情は金色の前髪に遮られて見えなかったが、声はひどく冷めきっていた。

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