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 彼女の反応を見るのが怖くて咄嗟に眼を背ける。向けられている瞳は柚葉の二つであるにも関わらず、幾千の双眸が俺を射抜いて嘲笑っているような圧倒的な畏怖に全身を包囲された。  俺達はある程度名の知られたバンドマンで、この事実が露見されたらメンバーや事務所、家族にだって迷惑を掛けてしまうかもしれない。この恋心は誰にも受け入れられずに死んでいく運命にあるのかもしれない。そんな根拠の無い漠然とした恐怖が脳内に居座りこびり付く。  たっぷりと沈黙を作り出した後、伺うような声で柚葉は尋ねた。 「じゃあ駿佑、晴輝くんのことが好きになったから避けてたの?」 「……気持ち悪いやんな」 「気持ち悪いわよ」  ガツンと鈍器で脳天を殴られたような衝撃が走った。  気持ち悪くないよと優しい笑顔を向けてくれることを期待した自分がいたが、どうやら現実はそれほど甘くないらしい。自分が足を踏み入れた場所が茨道だと改めて痛感した。    事実、柚葉に想いをを打ち明けるだけでかなりの勇気を振り絞っていた。  いくらセクシャルマイノリティに対する差別を無くそうと世間が動いているとは言え、実際それが目の前に訪れると不快感を覚えるのが普通なのかもしれない。  偏見なんて無いと口で言うのは簡単だが、大半の人間はいざ好意を向けられるとどうしても拒絶反応が出るだろう。  数ヶ月前の俺が同性に告白されていても誠意のある対応は出来なかったに違いない。寛容で頭の良い晴輝とは異なり、俺はそこまで出来た人間では無いからだ。  同性に恋をしたことを認めることも、それを誰かに打ち明けることも容易では無い。何かを失う覚悟と相応の勇気が必要なのだ。  人影すら無い廊下に柚葉の溜息が広がる。それにすら身体を強ばらせるほど俺は臆病になっていた。  しかし光の射さない暗闇を低迷している思考を引き上げたのは、紛れも無く柚葉の言葉だった。 「駿佑が中学生みたいな悩み抱えてるとはね。シャイボーイとは言われてたけど、ヘタレにも程があるわ……気持ち悪いって言うか、正直ドン引きよ!」  耳を疑った。  想定の斜め上をいく返答に驚きが隠せない。  俺は今何の話をされているんだ。独りでに揺らめく瞳孔を柚葉に縫いつけ、混乱した頭で言葉を振り絞る。 「いや、ちゃうくて……俺今晴輝のこと好きって言ったんやで? 友達としてやなくて……恋愛としての好きなんやで?」 「聞いてたけど」 「…………気持ち悪くないん?」 「別に。そんなの個人の自由じゃない」  柚葉の表情に嘘や偽りはなかった。  当然だと言うように腰に手を当てて返答した柚葉は突然黙り込んだ俺を怪訝そうに見上げている。  嗚呼、この人はなんて格好良いんだろう。この偏見にまみれた日本でどういう人生を歩んでどういう育ち方をしたら、こんな台詞を当然のように言えるようになるのだろうか。  俺が気持ち悪く無いのかと尋ねた時、柚葉はそれが同性愛のことを指してるなんて思いもし無かったのだ。  晴輝が見つかった時、柚葉にだけ真実が告げられたのは彼女が女性だったから、それだけが理由だと思っていた。今更それが見当違いだったと気が付く。  当然のようにこんな台詞を吐ける柚葉だから、晴輝は真実を告げることを決めたのだ。 「晴輝くんに会ってあげて」 「……俺かて会いたいけど」  当然のように会話をしていると忘れそうになってしまうが、晴輝は今男性を酷く恐れている。入院してからは医者も含めて男には会っていないと聞いた。  ただ一人、俺を除いて。  その俺から恋愛感情を向けられていると知ったら、晴輝はまた殻に籠ってしまうかもしれない。  恐らく柚葉もそれを充分理解している。そんなことは百も承知で会ってくれと言っているのだ。 「晴輝くん、最近調子悪いのよ」 「え、そうなん?」 「駿佑が避け始めてからだからね」  威圧感のある柚葉の眼力に圧倒され、本日数度目になる謝罪の言葉を述べる。  俺が避け始めてから調子が悪くなった。  柚葉の口から告げられた事実を嬉しいと思ってしまった俺は、恐らく最低な人間だ。  でも仕方が無い。自惚れてしまう。少なくとも今の晴輝にとって、俺はそれなりの影響を与えられる存在なのだ。 「晴輝くん様子がおかしいから、不安にさせるようなことはしないでね」 「おかしいって?」 「……口で説明するのは難しいんだけど、たまに晴輝くんらしくなくなるって言うか……言動が、こう……」  切れ切れで要点を掴まない柚葉の説明を聞く限り、彼女自身もあまり理解出来ていないようだ。しかし柚葉の言い方から察するに、最悪な事態ではないらしい。  とにかく会えばわかるからと無理矢理納得させられた俺は、二つ返事で近々お見舞いに行くことを約束した。 「晴輝くんが枕を抱きしめないようにしてね」  メンバーがいる控え室に戻る直前に柚葉が放った言葉が何を伝えたかったのか、その時の俺には理解することが出来なかった。

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