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 軽快なメロディが鼓膜を揺らす。  規則正しい俺の睡眠を妨害したのはスマートフォンが告げた着信音だ。  脳裏にこびり付く眠気が悪さをしたため無視してそのまま寝てしまおうとも考えたが、俺はこの非常識な時間に電話を掛けてくる人物に心当たりがあった。  布団から伸ばした手は、春を迎えたというのに寒いと訴える。睡眠を欲する身体に鞭を打って画面を覗き込むと、案の定晴輝の名が記されていた。  日本人の定型文であるもしもしすら言わずにどうしたと要件を訪ねると、スマートフォンの向こう側から布同士が擦れ合うような雑音が聞こえた。  恐らく晴輝は今布団の中にいるのだろう。 「――ッは、……ぅぁあ、うぇっ……」  咽び泣き雪崩るような声が覚醒しきらずぼんやりとしていた俺の耳を打った。  幼児退行だ。  俺はすぐに確信した。  絶望的な泣き声ばかりが耳に届き、部屋の静けさを嵐のように掻き乱していく。 「何があったん、晴輝! ……俺や、駿佑やで!」  ガサガサと不安を募らせていた雑音と嗚咽混じりの泣き声が止まる。  耳にスマートフォンを強くを押し当て、微かな呻き声も聞き逃さないように晴輝の様子 を伺った。はっ、はっ、はっ、と荒々しい息遣いが聞こえる。どうやら過呼吸になりかけているらしい。 「晴輝……落ち着いて、大丈夫やから」  助けたくて手を伸ばす。  しかし無力な手は空を切り、何も掴むことなく布団に落ちるだけ。  荒々しい息遣いの合間に俺の名前を呼ぶ晴輝の声を聞いて、何故自分は隣に居ないんだと悔しさが胸を締め付けた。  この箱を通して会話が出来たとしても、晴輝の背中をさすることすら出来やしない。  伝えたいことがあるらしい晴輝の言葉を待っていると、予想外の台詞が飛び出した。 「こわい……こわいこわいこわい! はッ……も、やだぁ! おれッい、つまでここにっ、いれ、ばいいの? ……ッゥう…もぉひとり、はっやだ…!」 「…………晴輝、すぐ会いに行くから」 「すぐっ、て……いつ?」  嚥下音を立てて喉仏が上下する。  時計の針はこちらを嘲笑うように五時三十五分を掴んで離さない。幾ら芸能病院とは言え面会が出来るのは九時からだ。  一刻も早く震える彼の元へ駆けつけたいのに規則がそれを許さない。一分一秒が憎い。 「お話しよか」 「……おはなし?」 「そ、お話ししてたらすぐやから」  それから俺と晴輝は当たり障りの無い雑話を続けた。初めの数分は子供のように泣きじゃくっていた彼だが、時間の経過と共に落ち着きを取り戻したようだった。  通話を始めてどのくらいが経った頃だろうか。泣き疲れてしまったらしい晴輝の規則正しい寝息がスマートフォンの向こう側から届いた。  幼児退行を起こした彼には何度遭遇しても肝を消される。  余裕綽々な笑顔を貼り付けて俺を揶揄う晴輝の面影は何処にもない。こんな風にパニックに陥ってしまうほど追い詰められているのだと再認識させられる。  一体どれだけのトラウマを植え付けられたらあの晴輝が……。  晴輝を助けたい。  晴輝が泣くところも、幼児退行してしまうところももう見たくない。

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