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 セミダブルベッドに成人済みの男が二人。 背中から相手の体温を感じざるを得ないこの状況。  どうしてこんなことになってしまったのか、何故晴輝の提案を受け入れてしまったのか。  疑問が止まらなくなった俺は極度の緊張から寝付くことが出来なかった。  セミダブルベッドで良かったと思うしかない。俺の部屋にあるベッドがシングルだったら更に悲惨だった。  天国で拷問を受けているようだ、とこの状況を比喩してみる。 「――駿佑、寝た?」  しんと静まり返った部屋に囁きがポツリと落ちた。  騒がしく混線していた脳内は突然の問いかけにより白く染まる。  布擦れの音がガサガサと鳴り、晴輝がこちらを振り返ったことを背中で感じ取った。その際掛け布団が僅かに引っ張られ、収まりきらなかった足首が空気に晒される。  春を迎えたはずなのに、足先はひやりとした風を感じ取った。  ベッドから伝わる振動と布擦れの音が妙な緊張を煽り、起きていると主張するタイミングを見失った俺は沈黙を押し通そうと唇を結ぶことしか出来ない。 「しゅんすけ……」 「……ッ、……!」  砂糖菓子のように甘い声が聞こえたかと思うと背中に伝わる温もり。数秒遅れて晴輝が擦り寄ったのだと気がつく。  頭を俺の首元に預け、肩口の寝巻きをきゅっと掴まれれば、触られた箇所からなんとも言えない官能がじゅくじゅくと身体中に広がった。  もう一度縋るように名前を呼ばれ、その際に首元にかかった吐息が擽ったくて身を捩る。  長年仕事仲間として切磋琢磨した相手に息遣い一つで心臓が破裂しそうなほど動揺させられ、その事実を悔しく思う自分がいた。  寝ていると確信したらしい晴輝は俺のそんな気なんて知らずに、存在を確かめるようにじわじわと上半身を寄せる。  背中に当たった晴輝の胸元からどくんどくんと規則正しい心臓の動きが伝わるほど、互いの身体は密着していた。  対して俺の心臓は喧しく悲鳴を上げており、チッチッチッと一定のリズムを刻む目覚まし時計の速度をついに追い抜いた。  気づかれないように、音を立てないように、目の前にあった布団を握りしめる。  抱きしめたい。このまま振り返り、こんないじらしいことをする晴輝をこの腕の中に抱き留めてしまいたい。  実行する勇気がない俺の脳内にはそんな妄想が浮かんでは消え、浮かんでは消える。  こんなの……期待してしまうじゃないか。  晴輝の足先が布団の外に出てガラスのように冷えきってしまった俺の足首に触れる。  そのまま暖かい布団の中に連れ込まれ、角張った足の甲が俺の足首辺りを撫でながら抱擁するように絡め取られる。  頭の中が真っ白に染まった。  下腹がじわじわと熱くなっていくのを感じた。  眠気なんてとうに吹き飛んで、今にも切れてしまいそうな理性を繋ぎ止めるのが精一杯だった。  それからどのくらい経過した頃だろうか。もしかするとたった数分やだったのかもしれないが、時間の感覚を失った俺には途方も無く長い時が流れたように思えた。  背中から聞こえるのは規則正しい息遣い。  俺の脳はこんなに覚醒しているのに、心地良さそうな寝息を立てる晴輝に苛立ちを覚えた。  起こさないようにベットから抜け出した俺は、晴輝の顔を敢えて視界から外して足早に寝室を出た。  寝顔を見たら本当に耐えられないと思ったからだ。自分を抑えられる自信がなかった。  音を立てないように冷え切った廊下をひたひたと歩いてトイレに直行し、閉めた扉に背中を預ける。  恐る恐る下を見ると、案の定俺の下半身は存在を主張していた。溜息をつき額に手を当てて初めて汗が滲み出してることに気がつく。  メンバーに、同性に……晴輝に、欲情させられた事実に絶望する。  あんなことでこれほど反応してしまう自分が恥ずかしくて、悔しくて、唇を噛み締めた。 「末期やな……」  凍てつくように静まり返る狭いトイレに、悲痛な呟きが反響した。  扉から背を離して便座に座る。ごくりと音を立てて喉仏が上下した。  下着ごとスウェットを下げ、俺は自身に手を伸ばす。 「ッ、はるき……!」  醜い欲がむくむくと音を立てて膨張していくのを感じた。  脳内の晴輝は素直で従順で、実際よりも俺に都合の良いものに改変されていたが、現実の彼は男性恐怖症を克服したばかりだ。  こんな妄想有り得ない。そんなこと、百も承知だが止まらなかった。  俺には想像すら出来ない圧倒的なトラウマを植え付けた、顔すら見たことも無いアイツらが憎くて憎くて堪らない。  実際晴輝が性的接触を強いられていたのかどうかはわからないが、真相がどちらであれ男性との接触を恐れている事実は変わらない。  それなのに、瞼の裏に晴輝の痴態を貼り付けて、その身体に触れたいと強く思ってしまってる自分がいた。 「はぁ……ぅっ、ん……」  晴輝に触りたいし、触ってほしい。  男なら誰でも持ち合わせているそんな願望が浮かび上がって抑えることが出来なかった。  晴輝の嬌声と乱れる姿を想像して、一層身体が熱くなる。  お酒でも飲んだように心臓が脈打ち、荒くなっていく自分の呼吸がトイレ内に反響して耳を塞ぎたくなった。  そして自らの醜い欲を吐き出した俺は、底知れる絶望に包まれていた。  俺がこんなに醜い願望を抱いてると知ったら、晴輝に失望されてしまうだろう。  否、失望では済まされないかもしれない。恐怖の対象に成り下がってしまう。  絶対に知られてはいけない、俺の秘密。

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