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半ば反射的に手を差し伸べて寸でのところで体を受け止めた。
「っぶなぁ、大丈夫か?」
「大丈夫、晴輝くん? ……えっ、まさか」
「うわ、嘘やろ」
「駿佑、最後になったのっていつ?」
「退院してからはなってへん」
「……どうしよう」
「ここにおったら話できひんくなるし、寝室運ぶわ。柚葉もついてもろてええ?」
「わかった」
柚葉と会話を交わし、晴輝の身体を抱き上げる。数ヶ月前は持ち上げることも出来なかった身体はいとも簡単に宙に浮いた。俺が鍛えたからでは無い。晴輝が急激に痩せたからだ。
柚葉が後を追う気配を背中に感じながら脱力している晴輝をベッドに下ろして彼女に託す。その足でリビングに戻った俺は先程までいたソファには座らず床に腰を下ろした。
脳内で言葉を必死に選びながら間を繋ぐように襟足を触っていると、和人がその静寂を打ち破った。
「一緒に暮らしてんの?」
「うん。今晴輝一人暮らし出来ひんから、退院するときに預かり手が必要で」
「一人暮らし出来ないって……なぁ、晴輝に何があったんだよ」
「……俺も詳しくは分かっとらん。医者にも話そうとしなかったらしいねん。だから晴輝が話してくれるまで待とうと思っとる」
放置され結露したお茶を手に取り、中身を全て飲み干して続ける。
「ほんまは晴輝の口から言って欲しかったんやけど無理そうやから……二人には俺が知ってることを話す」
倒れてしまうほどのストレスを感じながらも逃げ出さなかった晴輝の覚悟を一緒に背負い、俺は語り始めた。
晴輝に何が起きたのか、これまで何をしていたのか、今どういう状況にあるのか、知っていることを一つ、二つ、三つ。先程までは張り付いて出てこなかった言葉が不思議なほど滑らかに口から出ていく。
壁に立てかけられた時計の針は先へ先へと進んでいく。しかしこの時俺は、自分達だけ世界から取り残されてしまったような錯覚に陥っていた。
否、そうではない。取り残された俺達の中で時計の針だけが世界が進んでいることを証明していたのだ。
俺が話終え、全員が口を閉ざしてから一体あの針はどのくらいの時を数えただろう。目の前に座る奏多と和人は顰めた顔を伏せたまま唇を噛み締めて黙りを決め込む。
晴輝の身に起きた出来事を聞いて何を感じたのかは分からなかったが、和人の握りしめた拳は小刻みに震えていた。
その張り詰めた空気を吹き飛ばしたのは前触れもなく隣の部屋から飛んできた笑い声だった。キャッキャと屈託のない声がお通夜のような空気を吹き飛ばす。
それは耳馴染みのある晴輝のものだったが、言葉と雰囲気は本来の彼とはかけ離れていた。到底同一人物とは思えない。
「しゅんすけ! しゅんすけぇ……あれ、いないの?」
「晴輝くん、今駿佑忙しいから!」
俺を呼ぶ声が脳内で反響する。また幼児退行を起こさせてしまった。強い後悔から胸が抉られるほどの苦痛を覚える。
頭を抱え、今にも嗚咽を上げてしまいそうな唇を血が出る程強く噛み締める。
体内にある毒を吐き出すように深呼吸を数度繰り返し、喝を入れるために自らの太ももを殴って立ち上がった時、奏多の押し殺した声が俺の足を止めた。
「晴輝を助けたいなんて無責任なことは言えない。そんな陳腐な言葉を、実際にアイツを救った駿佑の前で言うなんて恥を晒すだけだから……教えて欲しい。俺は、俺と和人は、晴輝のために何が出来る?」
一呼吸置いて俺は答えた。
「待ってて欲しい。晴輝が復帰出来るまで、忘れずに待ってて欲しい」
俺は醜い。
病院でリハビリをした時に差し出した手が、同様に奏多に向けられたことに耐えられなかった。
それは紛れもなく独占欲に違いなかった。
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