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 それからはあまり時間の感覚が無かった。異常なほど早い動悸に、火照る身体。  いつの間にか俺は皆が飲み干した空き缶で築かれた塀の中に篭城されていた。  経験上、この状態までアルコールを体内に入れた次の日は記憶が無い上に間違いなく二日酔いになる。ふわふわした頭では何も考えられず、自分が何を喋ってるのかも状況の把握も出来ない始末。  それでも俺は手に持った缶にしがみついていた。 「駿佑。ほら、水飲も」 「別にいらんし!」  柚葉が苦笑いを浮かべながらコップに入った水を差し伸べたが、それを突っぱねて呂律が回らなくなった口に酒を運ぶ。  次の瞬間には手の中から缶が消えており、周りを見渡すと酒を取り上げた犯人の奏多がこちらを見下ろしていた。  ぴちゃりと零れたビールが床を濡らす。普段なら絶対に許容出来ない粗相も 今は全く気にならなかった。それどころか視線は酒を追っている。 「おれの酒、返してやぁ」 「もうやめとけ駿佑、飲ませた俺らが悪かった」  奏多からお酒を取り返そうと奮闘すると世界が大きく揺らいだ。胸の辺りに明らかな嫌悪感を覚え、喉に得体の知れない何かが込み上げる。目を瞑っても世界はぐるぐると回っていた。  誰かが背中をさすってくれていたが、それすらも不快に思えるほど俺の身体はアルコールに侵食されていた。 「駿佑、トイレ行く?」  瞼の裏しか映らなくなった視界の中、暖かい声に耳を包まれる。顔を上げるとそこには予想通りの男の顔。  なんとか頷くと晴輝に手を引かれた。それを頼りに立ち上がったが貧血を起こしたように視界が歪み、一歩、二歩と身体がふらつく。  晴輝に支えられながら覚束無い足取りでトイレに向かうもその間の地面は不安定なものに変わっており、雲の上を歩いているような感覚を味わった。  トイレの扉を開けてこちらを振り返った晴輝と視線がかち合う。ぐらぐらと歪む世界の中で、それでも心配そうに覗き込む表情が愛おしいと思った。  晴輝が俺の背中を撫でる度にどくどくと全身の血が滾り、いつしか酔いによる胸の高鳴りが別の衝動に変化していた。  何か言葉をかけてくれているが、飲み慣れぬアルコールと突き抜ける衝動のせいで脳内は混沌としており、俺の耳には届かない。  そんな中でも俺の身体は自然と動いた。プログラムされた動作のように持ち上がった腕は晴輝の肩をトンと押し、その身体をトイレへ押し込んだのだ。続けて俺も中へ入り、後ろ手で扉を閉めて鍵を掛ける。  この行動は酩酊状態にある人間の行動とは思えないほど素早かった。  冷たい施錠音が静かな個室へこだまする。  ――ガチャン。 「え、なんで鍵かけたの?」 「……なんでやろな」  そんなことは俺にも分からなかった。自分が何を考えているのか、今がどういう状況なのかも分からなかった。  ただ、自分が何をしたいのかだけは明確に分かっていた。  白い壁と白い天井、そんな簡素な空間に身を置きながらも俺の体内は赤黒く煮えたぎる。  はるき、と回らない舌で呼ぶ名前すらやけに切迫したものに変わっており、気がついた時には晴輝を壁際へ追いやっていた。  酒のせいで普段より濡れた瞳に白い肌を飾る紅潮した頬。俺はまた晴輝の薄い唇から眼が離せなくなっていた。  静まらない心臓に感化された身体の奥が熱を持ち始めるのを感じる。  嗚呼、ごめんもう……。 「……アカンかも」  言い終わるや否や、俺は晴輝の唇を奪った。  そこは想像より柔らかくは無かったし乾燥していたが、気持ちを昂らせるには充分だった。  触れるだけのキスなのに晴輝の肩はビクリと飛び跳ね、瞠った眼は俺を不安げに見つめる。 「…………え、駿佑? 何急に、顔怖いよ……どうしたの……なぁ、駿佑。ッ、何か言えよ……!」  何も言わずに凝視され続けることに恐怖を覚え始めたのか、怯えの色が映し出された晴輝の真っ黒な瞳が瞼の下で上下左右と揺れ動く。一体俺はどんな顔をしてるのだろう。  ゾクゾクと背中に甘美な痺れが走り抜けた。  恐怖からか引き攣ってしまっている唇を塞ぐために再度顔を近づけると、その身体が先程とは比べ物にならない程大袈裟に跳ねる。俺と壁の間を縫うように抜け出した晴輝は逃げるようにして扉のドアノブに飛びついた。  しかしガチャガチャと鳴るだけの扉が開かれることは無い。半ばパニックになってる彼は鍵を開けることすら念頭に無いようだった。  肩を掴み嫌がる晴輝を無理矢理引き寄せる。指先に震えが伝わった。 「っ、やだ! はな、せっ……!」 「……はるき」  自分の口から出た吐息が熱い。  療養で筋肉が落ちたせいか、それとも恐怖で力が出ないのか、必死の抵抗虚しく晴輝は俺に抱き寄せられてしまう。腰と肩の辺りを強く抱き、壁に挟み込むようにして拘束してしまうと晴輝はもう逃げられない。  その間もやだやだと抗議の声を上げていたが、か細い悲鳴は今の俺にとってただの興奮材料に成り下がる。  乱れた黒髪が汗に濡れて張り付いていたのがやけに扇情的だった。  暴れる両手を壁に縫いつけて晴輝の額に自分の額をぴたりと合わせる。両腿を割って自分の脚を差し込み、興奮から昂った自身を太腿に押し当てるようにして抑えると、その硬さを感じた晴輝の喉がヒュッと鳴るのを聞いた。  息を止めて身体を強ばらせる晴輝の瞳は絶望に震えている。 「やだ……おれ、まだ駿佑と一緒にいたいっ……! だからお願い…………やめてよ」  悲鳴のような声だった。  今にも泣き出しそうな表情で訴えかける唇はカタカタと震えながら言葉を繋いでいる。  俺の中の理性や判断力なんてものはとっくの前に消え去っていた。善悪やあとの事なんて考えられなくなっていた。 「抵抗せんでや」 「――ッ、なんで……」  その声は自分でも恐ろしくなる程冷え切っていた。  額に口付けを一つ落とした俺の唇は滑るように口元へ向かう。  唇が触れる瞬間、音も立てずに晴輝の頬を涙が伝った。  執拗な熱と口腔から響く水音に交え、拒絶の喘ぎが歯列から漏れる。舌と舌で愛撫をして上顎の裏側を擦ると、晴輝は悲鳴にも似た嬌声を上げた。  どちらのものかも分からない鼓動が唇を伝ってどくどくと響き、頭の奥は甘美な官能を感じる。視界がくらくらと揺らめくのはアルコールだけが原因ではない。  ゆっくりと顔を離すと荒々しい呼吸が部屋中に響き渡る。  ショックで過呼吸を起こしかけているらしい晴輝の上気した頬と絶望に歪む瞳が相反していて、やけに興奮した。  晴輝の顎を伝うどちらのものかと分からない唾液をねっとりと舐め上げる。 「……はるき、晴輝ッ!」 「いっ、ゃ…………や……ぅあ……」  名前を呼んで額、頬、鼻先と順番に口付けを落とし、耳朶を甘噛みする。乱れた髪が汗と涙で張り付いている様が妖艶で唆られる。  そのまま唇を滑らせ陶器のように白い首筋へ吸い付くと、痛みから身体を強ばらせた晴輝は俺の胸元を必死に押し返した。それは抵抗と呼ぶにはあまりにも弱いものだった。  ちゅ、とわざとらしく音を立て唇を離す。 白い肌に囲われて存在を主張する赤い跡に支配欲を覚える。咲き乱れたその印をぺろりと舐め、唾液で光る唇へもう一度キスをするために顔を近づけるが、反射的に晴輝が顔を逸らす。  逃がすまいと顎を掴んで強制的に目線を合わせた俺は硬直する晴輝の喉仏がひくりと上下するのを見た後、唇を合わせた。  その時には晴輝の辛うじて残っていた抵抗も既に消え失せており、俺から送られる欲を受容するだけになっていた。糸の切られた操り人形のように四肢から力が抜けていく身体を支え、舌で口腔を犯す。  身体の奥底から湧き上がる興奮に目眩すら覚えた。熱くなる身体とは対照的に晴輝の皮膚は温度を失っていく。  好きだ、好き。ずっと閉じ込めていた欲望がとめどなく溢れて止まらない……。

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