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「――駿佑、大丈夫?……あれ、開かない。鍵かかってる」  ガチャガチャとドアノブを回す音と、扉一枚挟んだ向こう側から呼びかける声。  瞬間機能していなかった脳が覚醒し、俺の身体は晴輝から飛び退いた。支えを失った晴輝は壁を伝ってずるずると落ちていく。 「っあ…………おれ……なにし、て」  突如、底の見えない絶望と心を掻きむしられるような後悔に襲われる。  思考が戻ってくるまでかなり時間を要した。頭の中が真っ白に染まり、余計なことを考える余裕は一切無かった。  人形のように座り込む晴輝の瞳は何も映しておらず、生気を失っている。  白い壁に囲われた黒髪と黒い部屋着がぼんやりと浮かび上がり、蒼い顔が霞んでいく。  圧迫感で押し潰されそうになった胸の内側では息をするのすら困難になり、脳は収集のつかない自己嫌悪にぐるぐると駆られる。 「…………晴輝……」 「ぁ……ごめ、なさ」  愛しいはずの彼の名を呼んで恐る恐る手を伸ばしたが、俺の手が近づいていることに気がついた晴輝は身体を跳ねさせ頭を庇うようにして縮こまる。  そう言えば前にもこんな光景を見たことがあったっけ。病院で、理由も分からず晴輝から拒絶された時だ。  守りたいと思っていた筈なのに。何があっても味方だからと誓ったばかりなのに。  傷つけてしまった……治りかけた傷を、抉ってしまった。  他でもない俺の手で、だ。  俺らのまた友情はやり直しになったのだ。  爆発的な感情が涙を誘発させるなら、俺はその渦中にいる。  胸の内で自己の存在を主張して暴れ続けるこの感情に何と名前がつくのかは分からなかったが、負の力が齎すものに違いなかった。  理性を失ったように泣きじゃくる俺はリビングに連れ出され、背中を大きな手が摩る。奏多のものだろう。  白く歪んた視界には柚葉のロングスカートが映った。和人は部屋から飛び出して行った晴輝を追いかけたきり戻って来ない。 「何があったの?」  息苦しい沈黙を破ったのは奏多の柔らかい問いかけだった。  部屋にはすすり泣く俺の声が断続的にこだましており、陰湿を充満させた部屋の空気を悪化させる。  喧嘩したのかと再度奏多に質問を重ねられて唇を動かしたが、そこから漏れるのは言葉ではなく苦悩の嗚咽ばかりだった。  俺達は同じグループでやって来たメンバーだ。喧嘩なんて別に珍しいことじゃない。それこそ結成当初は頻繁に衝突していた。  しかし今回の一件は喧嘩なんて単純なものではない。 「二人共酔ってたし、晴輝はまだ不安定だし、仕方ないよ……仲直りしな?」  背中を摩る手を止めずに奏多は言った。慰めるような優しい口調だった。  俺の嗚咽は仲直りという言葉を耳にした瞬間ピタリと止まる。息さえも止まっているのではないかと要らぬ心配をしてしまうほど、唐突に止んだのだ。  数秒前まで操ることの出来なかった自分の声がいとも簡単にムリの二文字を刻む。  今にも消え入りそうな自分のか細い声に驚いた。そのたった二文字に、ただならぬ想いが込められていたからだ。  不安そうに瞼を引き攣らせた奏多が何故だと疑問を顕にする。柚葉は何も言わずにこちらを見つめていた。  俺は胸中にある陰鬱を吐き出すようにして深く息をつき、覚悟を決めて口を開いた。 「きす……した、から……」 「………………はっ?」  奏多の頓狂な声が部屋に響いた。それと同時に背中を撫でていた手が止まる。  永遠のようにのように長い時間だった。時計の針が止まったのではないかとすら思った。 「すきッ、なんや……っはるきが……!」  俺は震える声で告白する。  一度吐露してしまえば、後は雪崩のように感情が溢れ出した。濡れた頬と目元は熱く燃え上がり、対照的に涙は冷えきっていた。

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