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 客席、ステージ上、裏方、一万人を超える熱視線が身体を貫く。この会場にいる全員が、間違いなく俺に注目していた。  俺の番が回ってきてしまった。  それでも俺の身体は燃料の無くなったロボットのように力が抜けて、微動だにしなかった。無力感と得体の知れない恐怖が身体を包み込み、マイクを持つ右手は頑なに動こうとしない。 「駿佑……お前、日高に言いたいこと、伝えたいこといっぱいあるだろ?」  隣に立つ奏多がマイクを通して俺に訴える。  言いたいこと、伝えたいこと。そんなの山程あるに決まっている。  伝えなければいけないことが山程あると、俺自身が一番分かっている。  頭の中が纏まらない。声帯すらも怯えたように、口から言葉が出ていこうとしなかった。  それ以上に、今このステージ上で自分の気持ちを言葉にすることを躊躇した。  晴輝に気持ちを伝えることを恐怖したなて、最早そんな矮小な事態では済まない状況に俺は……俺たちは陥っていた。  一万人を超える耳と眼が俺に縫い付けられている。  今俺は比喩なんかではなく真の意味で、人生の分岐点にいるのだろう。  自分の人生が、否、メンバー全員の人生すら左右しかねない分岐点を前にして、世界が揺らぐほどの目眩を覚えた。  奏多が声を荒げる。 「後のことは考えんな、いい加減腹括れ! 何かを得るために、何かを失うこともあるんだよ。一緒に背負ってやる、俺たちはそのくらいの覚悟は出来てる……あとは駿佑、お前だけだ」  身体中の筋肉が死滅してしまったように膝から崩れ落ちる。  スイッチが入ったままのマイクが床と衝突し、轟音となって会場中にこだまする。わんわんとマイクの喚きが余韻となり、やがてステージ上に尾を引いた。  顔を上げられなくなった俺は首を折るようにして項垂れ、右手に握るマイクを壊さんばかりの力で握りしめた。  視界にはどこまでも続く平坦な床と、小さく震える自分の手しか映っていない。  俺はその時、晴輝が目の前にいるような錯覚に陥っていた。  項垂れた頭を上げることなく、床に額を擦り付ける。  ステージ上に立つ三人は俺止めようとはせず、ただその様子を熟視していた。  全員理解していたのだ。今寄り添ってしまえば、俺の覚悟と勇気を踏みにじることになると。  顔を上げ、見えない晴輝を見つめる。  自分の身体の奥底に沈殿する、澱んだ空気を吐き出すようにして、ゆっくりと深呼吸をした。 「ごめんなさい。俺は馬鹿やから、自分が悪いのに一方的に避けて、それでまた……晴輝を傷つけてしまいました。晴輝のためって言い訳して、自分の気持ちから逃げてました」  何かを失う覚悟を以ってしても、何も得られないこともある。全てを失ってしまうかもしれない。  けれど、みんなが俺の背中を押してくれている。一緒に背負ってやる、とまで言ってくれている仲間がいる。  ここで逃げ出すくらいなら、俺はどこかで首でも吊って自殺でもしておくべきだったんだ。  I am always ready to die. 宿命の声が、聞こえた気がした。 「――好きです、大好きです」  会場中から沸き起こるざわめきも、黄色い声も、俺の耳には届かない。  世界中から晴輝と自分以外の人間が消えてしまったような、圧倒的な静けさを感じていた。  俺はこのときはっきりと晴輝の姿を見ていた。 「このままなんて嫌やから、最後にもう一度だけ、会って話がしたいです」  それだけ伝えてマイクを下ろす。  涙は零れていなかった。  枯れてしまったように俺の涙腺は動かなかった。

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