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第25話 混じり合う思考

 一人ベッドに潜り込んでも良く眠れなくて、結局夜中にまた落語のケースを持ち出してしまった俺がいた。いくつかのファイルの中身を確認したら、困ったことに余計眠れなくなった。  壱流には見せたくないもの。俺の『本音』か。  壱流にベタ惚れな竜司Bとやらも、このディスクには違和感を持ったらしい。もしまた記憶をなくして壱流をそういう意味で好きじゃなくなっても、悲しませるな、とか、つらく当たるな、とかいちいち警告してきやがった。  いかに壱流が可愛いか、どれだけ俺の為に頑張っているか、くどくどとアピールする『俺』の映像は、奇妙にも思えた。  誰だ俺。いや俺だけど俺じゃない俺。……ああ、ややこしい。 「ああ、でも……」  このBがしゃべっているファイルを消去しなかったオリジナルの俺は、こいつの意見もちゃんと尊重しているということだろうか。Bの存在すらも、確かに俺の一部ではある。 (どんなに壱流を好きになっても俺は、)  今の俺は、壱流を可愛い、なんて思ったりはしない。  当たり前だ。あいつは音楽仲間で、同性の友達だ。可愛いなんて思う方がどうかしている。  だけどBにとってはどこまでも愛すべき存在で、どこからどう見ても男でしかない壱流の心も体も大好きみたいだった。  壱流が言っていたハメ撮りのファイルはさすがになかったが、まあ、それはなくて全然構わない。特に見たくはない。  たださっき部屋を漁っていたら未使用のコンドームとかローションとかが出てきて、ちょっと困った。  壱流に使うん……だろうなあ、あれは。  思わずまたしてもぐらんとする。いい加減受け入れろ俺。妙なおもちゃが出てこなかっただけ、まだましだ。  しかし忘れるたびにそのディスクの存在が気になるよう最初に考えた俺は、意外と頭を使ったと褒めてやりたい。スマホのメモでは、見ようと思えば壱流も見ることが出来るだろう。 (好きだったことも……忘れてしまう)  頭に怪我を負った経緯も、なんとなくわかった。  あいつをかばって頭かち割って、記憶をロストしたこと。壱流は今の俺にそのことを話したりしなかったが、確かにそう何度も言いたくはない。  俺が何故怪我をしたのか尋ねるたびに、あいつは過去を思い出す。忘れてしまったからと言って無遠慮に聞かれるのは、壱流には針のような言葉だったに違いない。  俺と違って、忘れることが出来ないでいるのだろう。責任を感じているのか。  そんなこと、思わなくて良いのに。 (壱流が気に病む必要はないのに)  俺がその時壱流をかばったのであれば、それは明らかに俺の意思だ。壱流が悪いわけではない。けれど壱流はそうは考えられないのだろうか。  だからずっと俺の傍にいて、ゲイでもなんでもないのに俺に体までくれた。 (俺の壱流。痛々しくて、だけど可愛い)  もし俺が逆の立場だったら?  かなり嫌だ。何がなんでも拒否するだろうか。……多分、よっぽどのことがないかぎり、拒否する。無理だ。  まあ、それも……俺のしでかしたことなんだろうけど。  ぐったりする。都合の良いことも悪いことも、綺麗さっぱり忘れやがって。自分自身に腹が立つ。 (覚えていたいのに)  ……なんだろう。 「さっきから妙な思考が混じってるような」  自分の中の心の動きに、奇妙な物を感じていた。  何か思い出そうとしているのだろうか? そう言えば洗濯機の前でも、変な感じがしたんだけどな……。血の匂いを嗅いだ時だ。 (壱流の、匂い)  頭が少し、痛くなった。 「……もう、やめ」  再びディスクをパソコンから取り出して、棚の奥に隠す。代わりに過去出演した音楽番組を収めたDVDを入れて再生させてみた。  壱流の声。  何故か心を締め付けるボーカル。その歌声は妙にせつない気持ちにさせる。 「かっけーなぁ……こいつ。メヂカラあるっつーか」  誰に聞かせるわけでなく、自然と独り言が洩れる。  俺のギターと共に歌う壱流の姿。  昼間も思ったが、前よりも随分と進歩している。正直引く(と言ったらおかしいかもしれないが)くらい、いい男だ。女だったら惚れてしまいそうだ。元々それなりにいい男だったが、より多くの人目に触れることで、研磨された感じがする。  知らない、男。  俺の知っている真田壱流とはどこか違う。  シンプルではありえない。いろんな感情が複雑に絡み合い、人の目を惹きつける。  ギターを弾く俺は、あまり変わりがない。自分で見てそう思うのだから、多分間違いない。ギターの音色が変わらない。忘れても、ギターは変わらないと言われたのをふと思い出した。  だけど……それって、成長してねえってことなんじゃ。  壱流の声は伸びのある、力強いボーカルだ。元々はこんなに声量のある奴ではなかった。尤も今はプロを名乗っているのだから、きっとボイストレーニングとかしているのだろう。  壱流は成長していっているのに、これでは置いてゆかれてしまう。そんな妙な焦りすら感じる。  ぎゅうと手のひらをきつく握り締めた。  じっとパソコンの画面を睨んでいたら、部屋の外で物音がした。  まひるのところで寝るんじゃなかったのか。壱流の足音と思しきそれは、俺の部屋へは向かわず、静かに消えた。 「そいや……あいつの部屋ってベッドなかったなあ」  DVDを流したまま、俺は立ち上がる。これまで俺と寝ない日は、ずっとまひるの部屋で寝泊りしていたのだろうか。帰ってきてどうする気なのだろう。俺の ところへも来ずに。  布団でも敷いて寝るのかもしれない。しかしなんとなく気になって、俺は廊下に出た。  しん、としたリビング。  明かりも消えて、人気もない。壱流は自分の部屋に戻ったのか。時計を見る。午前1時12分。3月とは言え夜の静かな空間は冷えていた。 「帰ったのか?」  壱流の部屋のドアをノックして、返事を待つ。しかし返事はない。よもやまたリストカットなんてしてはいないだろうが、鍵のかかっていないドアノブに、なにやらもやもやとした気持ちのまま手をかけた。 「さな……、……壱流?」  やはり照明は消えていた。  壱流の姿はない。 「……どこ行ったんだ?」  ぽつりと洩れた俺の声に、どこかでごそりと物音がした。

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