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第31話 大事なもの

 壱流の恋人になってやろうとか、思わなくていい。ていうか、なろうとか思うな。  前の俺も似たようなこと言ったけど、その気持ちは今も変わってない。あいつをそういう目で見れない、ってわけじゃない。  そういうことじゃないんだ。  俺は今、壱流をすげえ好きだと思ってる。だけど同時にダチでもあって、更に言えば俺のギターで最高の歌を歌ってくれる、かけがえのないボーカルでもある。単に恋人とか友達とかって括れなくなってる。括ってもいいかもだけど、俺はそこまで器用じゃない。  だからそういうことを、あえて言ったりはしないつもりだ。  好きなら言えばいいじゃんとか、これ見てる『俺』は思ってるかもしんない。だけど、言っちゃ駄目な気がする。  壱流も、今の俺にそういうことは言わない。  あんまり同じことの繰り返しでさ、あいつの頭ン中は結構ぐちゃぐちゃだ。俺のことをどういう意味で好きなのか、理解出来なくなってる。……多分。憶測でしかねえけど。  必要のない混乱は避けるべきじゃないか? じゃあ抱いたりすんなとか突っ込まれそうだけど、それはそれで、なんつうか、必要なわけで。  あいつは俺以外の野郎とするなんて範疇にないみたいだからよ。俺がちーとばかり体預けてやっても罰は当たんねえよ。壱流がそれで満足してくれるなら、安いもんだ。  ……まあ、実際俺も、あいつにだいぶハマってきてるってのもある。ヤってる時は、すげえ可愛いと思うし、マジでめちゃくちゃ好きって言いたくなるくらい、やばい。  でも、言わねえ。  どうせ俺はまた忘れる。  壱流に好きだって言ってみたところで、いつか、もしかしたらそれは明日かもしれないが、あいつが誰だかわからなくなる。  怖ぇよな。  俺はいい。忘れるだけだから。わりと能天気だし、そんなに思い悩んだりもしねえと思う。だけど、壱流は違うだろ。  俺とは、違う。  それがどういう関係でもいいんじゃねえの、とかってあっさり納得してくれるとありがたいんだけど、どうだろな。  ……無理か?  今の俺も、たまに結構、混乱する。  言っちまった方が早いとか、思うこともある。  そりゃ、あいつとやるまではそういう意味で意識したことなんてなかった。  現金だって思うかもしんねえけど、実際抱いてみると、やっぱ意識って変わってくるよな。心と体ってさ、どっかでつながってるもんじゃん? 少なくとも俺はそうだ。  壱流を失ったりしたら、俺は後悔する。  忘れたらそんな痛みもわからなくなる。けど、それでも失いたくはない。これ見てる『俺』が、今の俺の気持ちをわかってくれると、非常に嬉しい。  ……なんかこういうの、あとで見たらきっと恥ずかしいんだろうな。やっぱ壱流には見せらんねえ。  これ見てる『俺』、何おかしなことしゃべくってんだとかって消したりすんなよ。これは今の俺の、大事なパーツだ。  壱流と同じくらい、大事なものだ。  ――壱流を抱き寄せながら、過去の『俺』がビデオに残していた言葉を、うっすら思い出していた。  体が覚えてる感触。何かを思い出しそうになる、もどかしい感情。抵抗するなと言ったのは壱流なのに、伸びた俺の手に怯えるように体を震わせた。  怖いなんてこと、ないだろうに。  壱流にとってこれは、初めてではない。今こいつの頭の中では、どういった種類の感情が渦巻いているのだろう。  顔が見えないから、余計に感情の動きが読めない。この包帯をほどいては駄目だろうか。俺の上にいる重みを感じながら、片手で自分の目隠しに手をかける。 「……はずすな」  囁くように言った壱流が、包帯を取ろうとした俺の手を掴んで下ろさせた。 「なんで? ……もう、勃った。多分はずしても、」 「……。やじゃなかったら、ココ、弄ってくれる。竜ちゃんの、挿れる前に。いきなりはきついから」  俺の質問には応えずに、下ろした手をまた掴んで指先にとろとろの液体を落とされる。多分この前俺が発掘したローションあたりだ。壱流は女じゃない。濡れたり、しない。  指先が弄って欲しいところへと導かれ、壱流が腰を浮かせたのがわかった。俺が触れた途端、またびくりと体を震わせる。  びくびく言ってるとこをなぞって、多少躊躇しながらもその中に入り込む。結構あっけなく俺の指を飲み込んでゆく温かい内側に、どきんとする。  男のこんなとこに指入れたりして、何やってんだろうとか脳裏を過ぎったが、きゅうきゅうと指を締め付けてくる壱流が、息を詰めるようにしながら俺の首筋にすがりついたので、すぐに忘れた。  ……何だこの反応。  不覚にも、可愛いとか思ったり。  俺の腹の辺りに、壱流が当たってる。ここは触ってやってないのに、欲情してる。普段なら考えられないことだったが、俺は当たっているものにもう一方の手を伸ばし、そっと触れてみた。 「……りゅ、っ」 「ぬるぬるじゃん。……気持ちいんだ?」  言葉攻めをしている気はなかったが、視界に頼れない分少しくらい相手の反応が見えた方が良い。言われて壱流は少し黙り込んでから、 「も……平気だから」  じれったそうに呟いた。 「包帯ほどいてもいいか?」 「違……中、挿れてくれ」  俺の手を掴んで中から引き抜かせ、体をもっとすり寄せる。見えない俺に代わって壱流が自分から体を浮かせた。  深呼吸するようにゆっくりと、俺を受け入れてゆく。  温かい、壱流の中。  無性に包帯をほどきたくなって、すがりつく壱流に自分からキスをした。少しびっくりしたような反応を示したが、すぐに壱流は俺に応えてきてくれた。気づかれないようさりげなく後ろ手に包帯をほどき、瞼を開ける。  白い包帯が、ベッドの上にゆるやかに落ちた。  俺の視界が復活したのに気づいた壱流が、途端に困ったように潤んだ瞳を外した。顔がみるみる赤くなってゆく。 「見んなよ……」 「もしかして、照れるからって目隠ししてたのか?」 「……るさい」  顔を見られたくないのか、またぎゅうと俺に体を密着させて、壱流は腰を動かし始めた。  ……うわ、これ、  相当やばい。  なんでこんなに具合がいいんだろう。  壱流の体は、俺専用にカスタマイズされてしまったのかもしれない。俺が欲しくて仕方ないというふうに絡み付いてくる感触とその温度に、うっかり籠絡されそうになる。  苦しそうな呼吸がやけにせつなく耳にこびりついて、妙に気持ちがうわずる。過去の俺が言った科白を、身をもって理解出来るこの感じ。声を殺して俺の上で締め付けてくる壱流が、男じゃん、とか、ダチなのに、とかいう建前をあっさり破壊してくれる。 「やべえ」 「……っ、な、にが」 「ぐらんぐらんしてきた」  可愛い。  こいつ、こんなに可愛い奴だったんだ。  籠絡されてもいいかと思った。  現金な奴だと言った過去の俺を思い出し、確かにそうだと心の中で呟いた。  明らかに我慢して押し殺している声を上げさせたい衝動を抑えきれなくて、熱い体をそのまま深く突き上げた。

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