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番外編 Love Addict 2

「おう壱流、早かったんじゃね」  部屋でギターをぎゅりぎゅりと鳴らして壱流を待っていた入江竜司は、戻ってきた姿を目視して笑みを浮かべた。  部屋の壁には写真や記事などがぺたぺたとたくさん貼り付けられていて、なんだか落ち着かない。たまに記憶喪失になる竜司はここ数年、思い出しやすいようにとこんな作業を地道に続けている。  忘れるのは仕方ない。忘れた上でいかにうまく壱流とやってゆくかが問題であって、試行錯誤の末にこんな部屋が出来上がった。竜司になついているまふゆは、たまにこの部屋で興味深そうに壁を見つめている。 「先生、どうだった?」 「……ん、微妙。見た目がっちり系なんだけど、どっかヘタレた感じの、でもまあ、それなりにいい人っぽいかな」  思ったことをそのまま口にした壱流に、聞いていた竜司は苦笑する。どんな人物にまふゆを預けているのか知りたいとかで、さっき出て行ったのだが、果たしてお眼鏡には適っただろうか。微妙、とか言ってるあたり、本当に微妙だ。 「またそんな目で見つめたりしなかったろうな」 「そんなってなんだ」 「誘ってる目、だよ。女相手ならまあいいけど、男とは浮気すんなよな?」  にい、と笑った竜司は、壱流の腕を引いて抱き寄せて、潤んだ瞳を間近で覗き込む。 「竜司……。そんなこと、俺が好き好んですると思うか?」 「いやいや、おまえはなあ。無意識に相手誘ってることがあるから」 「……気のせいだ」  先ほど瀬尾に向けた濡れた目は、直前に竜司とおかしなことになっていたせいだ。  今の竜司は、壱流を大好きな竜司だ。どこまでも壱流を愛していて、いつだってすぐに発情する。毎晩は疲れるから勘弁、と言った壱流に対し、じゃあせめて一日置きでと提案した竜司は、その一日置きに2回は壱流を抱く。換算したら毎日と一緒だ。長年一緒にいても、たまに忘れる竜司にマンネリという単語は存在しない。壱流の体に、飽きることがない。 (俺も……飽きないけど……)  欲しくてたまらないのだけど。  それでも体力は消耗する。している時は気持ち良いし、どうにでもしてくれと思ったりすることもあるが、朝がつらい。結構時間をかけて愛されるから、睡眠時間がおのずと減る。  さっきはまふゆがドアをノックするまで、温かい舌で唇を犯されていた。まふゆが来なかったら、うっかりそれ以上のことに発展していたかもしれない。首筋のキスマークも、ついさっきつけられたものだった。  他人に痕を見られるのは、恥ずかしい。まひるに見られるのは今更だから構わないが、他の誰かには見られたくない。  部屋に入る時は必ずノックをして、OKの返事があったら入っても良い、とまふゆには教育してある。素直に壱流の言うことを聞いてくれている現在、まふゆにそういう現場を目撃されたことはまだないが、いつかばれる気がする。 (下手に隠すより、いっそばれちゃった方がいいのかな……どうなんだろ)  変なトラウマ作ってしまうのも可哀想だが、大きくなってから知られるより、壱流はこういう存在なのだと今からわからせておいた方が傷は浅い気もする。  けれどゲイとかバイだなんて思われるのは実に癪だ。壱流は自分をそのどちらでもない、と認識している。世間的に見たら、そうは取られないだろうが。  今更ストレートだった頃の体には戻れないのも知っている。  自分が心底竜司を必要としていることを、嫌というほど理解している。  それがどんな性質の竜司でも、自分を抱くこの男が必要だった。30過ぎたら落ち着くかとも思ったが、淫乱ぶりに磨きがかかっただけだった。あと10年後には、落ち着くかもしれないが。  どんなに体が欲しがっても、竜司以外の男はいらない。  心が激しく拒否をする。  たまに仕事で一緒になったそのケがある同業者に、それとなく誘われることもある。  しかし壱流にとって他の誰かとそうなるのは本当にありえない選択であって、竜司以外を受け入れることがどうしても出来ない。もしも前後不覚に陥って、無理矢理にでもモノにされてしまったら、その時自分の感情がどう変化するかはわからないけれど。  そういう事態は極力避けたい。もしかしたらまかり間違って相手を好きになってしまう可能性だって捨て切れないが、それ以前にプライドが許さなかった。竜司以外の男に体を好きにされるなんて、虫唾が走る。 (竜司がいないと、俺は生きてけない)  それが恋愛感情かどうかなんて、壱流にはもうわからない。そのことについて考えるのは随分前にやめた。まふゆは勿論、まひるのことも好きだと思うし、同じように竜司のことも好きだ。誰かを選んで誰かを切り捨てるのは無理だ。  竜司は別に、選べ、とは言わない。  まひるも現状を納得している。納得した上で壱流の傍にいる。けれどまふゆがそれを知った時どう思うか、壱流はそれが不安でもあった。  近頃はわりと落ち着いている、リストカット。まふゆに嫌われたりしたら、その悪癖がまた出るかも。そう思っても、竜司に抱かれるのを拒んだり出来なかった。  相変わらず潤んだ瞳で見つめる壱流のシャツのボタンが外され、竜司の大きな手が肌に触れた。 「とりあえず一回くらいヤっとくか?」 「……アレンジ途中じゃん」 「ヤリたそうな目ぇしてる」  肌の上で動いた竜司の指が、胸の小さな突起をつまんでくにくにと転がした。不意打ちで与えられた妙な感覚に、思わず小さく声が洩れる。  弄られるうちに性感帯になってしまった部分。背中をそっと撫でられるのも、ぞくぞくする。竜司の顔が耳元に近づいて、軽く耳朶を噛んだ。以前手首を切る痛みの代わりになるかもと、へリックスにちょこんと開けたピアスを舌でなぞられた。竜司の腕の中でぴくんとする。 「あんまピアスぼこぼこ開けるのはよせよ? こういうのってハマるともっと開けたくなる奴、多いらしい」 「まだこれ一個しかないだろ」 「あと二つくらいまでならいいけどよ」 「そんなの俺の勝手だ」  どうして竜司にピアスの数を指定されなければならないのだ。別にいくつも開けたいわけではないが、竜司の好みに合わせる気はない。  そんなに健気ではない。  相手の言うとおりに自分を歪めるのはやめた。  罪悪感から、かなり無理をして竜司に抱かれた過去がある。けれどそういうのはもうしない。今は竜司としたいと思うからしてるだけであって、自分の思うようにする。もういい大人だし、自分のやることは自分で選ぶ。 (……でもまあ、)  それも、過去の竜司に言われた科白ではあるのだが。  自我を殺したりするのはやめろと言われた。好きに生きればいいと。ある意味突き放した言葉にも聞こえるが、それが違うことを壱流はなんとなく知っている。 (竜司は、優しい)  壱流の心を翻弄するのは、相変わらずで変わらないけど。  ちょっとぼんやりしながらも舌先の動きに反応している壱流を嬉しそうに見つめていた竜司が、その体をぐいとベッドに引っ張り込んだ。 「嫌だ。まだ風呂入ってない」  壱流の好みとしては、ちゃんと風呂に入って汗を流したあと、綺麗な体で抱かれるのが良い。まひるを抱く時も、過去抱いた違う女の時も、そうしていた。  そういうのを端折って流れでしてしまうのが嫌な壱流を知りながら、その状況を楽しむ今の竜司はちょっとうざい。始めてしまえばどうってことはないのだが、結構気にするタイプだ。中出しされるのも、嫌いだ。竜司の精液がどうの、というわけではなく、単に後始末が。 「壱流って結構、潔癖症だよな」 「……普通だろ」 「気にすんなよ。俺が綺麗に舐めてやるから」  竜司は自分のジッパーを下ろしながら、ちょっと困って目を逸らした壱流にキスをした。舐められる前に綺麗にしたいのに、本末転倒も甚だしい。  だけど竜司のキスがとても優しかったので、壱流はそれ以上何も言えなかった。  自分のしたいようにするのは本当だが、ある程度強引にされるのも嫌いではなかった。 (流されてるなあ……俺)  ため息が出た。  背後から竜司に抱き込まれながら、まだ瀬尾はまひると話しているんだろうか、なんて関係のないことを考えていた。壱流を見て硬直していたのはなんだろう。自分をZIONの真田壱流だと知らずに来たのかもしれない。  妻子持ちだという事実は、公表していない。ばれたらばれたで構わないが、特に自分から言うようなことでもない。  ばれたらいけないのは、竜司の記憶喪失だ。好奇の目で見られるのは耐え難い。  正直竜司は上手くやってる、と思う。実は結構話すのが好きなのに、あえて寡黙な男を演じ、余計なことは言わない。その方が良い。  デビューしてからもう10年くらいは経っているが、それなりに揺ぎないポジションを確立している。  歌うのが好き。  竜司の出す音が好き。  だからこそ余計な情報を与えて色目で見られるのは嫌だった。純粋に自分達の作り出す音を聴いて欲しい。さっきも新曲を二人で弄っていた。 (アレンジ……途中なのに)  それでも抱かれると、性欲が優先されてしまう。  バックでされるのは結構好きだ。前からだと、脚を開いている自分がとてもみっともなく感じられて羞恥心を刺激される。  背中に感じる竜司の体温が好き。拘束されるみたいにぎゅうっと抱き締められるのが安心する。  顔なんか見えなくても、息遣いで相手が今どんなだか、わかる。  竜司のは大きくて、いつも苦しい。体の奥底まで貫かれる感触は、何度抱かれても頭の中が熱く痺れてしまって、つい甘えた声を出してしまう。  尤も、声を殺そうとして我慢すると、竜司が余計にはりきるのを経験上知っている。そうすると、もう無茶苦茶抱かれる羽目になる。 (たまにならいいけど)  いつもだと壱流が大変なので、学習してからはあまり声を我慢しないことが多い。まひるたちのいる部屋まで聞こえるわけでもない。一緒に暮らしていたら、こういうわけにもいかない。  竜司にいいようにされてよがってしまう自分を、かなり前にビデオで見たことがある。あれは竜司が忘れた時の保険だったが、それでも顔から火が出るような恥ずかしさで、渋る竜司を無視して消してしまった。 「壱流……今、何考えてんだ?」  中を執拗に攻められながら突然問われたので、壱流はちょっと首を動かして竜司を見た。 「なに……って、別に」 「そっか? やけに締めてくるからさあ」 「そ、んなこ……っ、や、りゅ、竜、っ……」 「――無理に喋んなくていいぜ?」  楽しそうな声に、少し悔しくなる。喋らせないのは竜司だ。こんなに激しくされたら、ちゃんとした言葉にならない。繋がったまま脚を抱えられて、ごろんと体勢を変えられてしまい、一瞬貧血にも似た眩暈に襲われる。 「そ……ゆの、やめ……」  抗議の声も、途切れる。  あまりにも壱流の良いところを突いてくるので、次第にわけがわからなくなってきて、竜司の広い背中にすがりついた。

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