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第3話
その日の夜。
ゲーム内で、『ありす』は自分のルームに招き入れた厳ついドワーフの戦士と、一対一で面と向かって座っていた。
このゲームには自分の拠点となるルームが設定されていて、ここでは他人が勝手に入って来る事も覗き見る事も出来ない。アイテム整理や装備変更の他、練金等の一人で集中して行いたい作業にはうってつけの場所だ。
フレンドになっている相手ならばルームに誘えるのも特徴のひとつで、クエストに出ずに仲間内でワイワイとただ喋ったり作戦会議を開く事も出来る。今回の様に、誰か一人を呼んでこっそり話す事も。
士朗は大人数と仲良くなるタイプだけれど、それとは裏腹に深く腹を割って話せるまで仲良くなる人数はとても少ない。よほど自分と合うと感じた相手でなければ、長く一緒にはいないし色んな話はしないから、このルームに誘う相手は限られていた。
過去にルームに招いてゆっくり話した事があるのは、初期からずっと助けてくれていて、今や『ありす』の相棒と言っても過言ではない『スノー』だけだ。
だが今回そのスノーを呼ぶ訳にはいかず、けれど今の自分の混乱を冷静に聞いてもらいたくて、頼み込み来てもらったのが目の前にいるドワーフの戦士『デン』こと困った時の幼馴染、敏之である。
『で、どうした? わざわざこっちで呼び出すなんて珍しいな』
『ごめん、ちょっと聞いて欲しいことがあってさ……』
『明日、学校じゃダメなやつなのか?』
『うん、明日学校に行く前に考えをまとめときたい感じのやつで……』
『わかった。付き合ってやるよ』
やれやれ、といった動作をしたもののデンは『ありす』の話を聞いてくれる事にしたらしい。二人が向かい合っている間に小さなテーブルを挟んでおり、そこに置かれたコーヒーカップを『デン』がゆっくり持ち上げて口を付ける。このゲームはこういう細かい動作がやたら精巧なのも特徴で、クエストには出ずにルーム内を充実させて楽しむプレイヤーも少なくない。
士朗は基本的には冒険に出たいタイプなので、そこまでルーム設定には凝ってはいないが、ゲーム配信当初からの初期プレイヤーなので必要な物は一通り揃っている。
寛ぎながらゆっくり話を聞いてくれる様な『デン』の姿に、ほっと『ありす』もカップを手に取った。昔から兄貴気質の敏之はこういう時なんだかんだで優しいし頼りになる。
『デンは、一周年記念イベントの報酬って覚えてる?』
『お前が欲しい欲しい言ってたやつだよな? 確かゲーム内のアイテムじゃなくて初めて現実世界に顕現する! とか言って』
『そう、それ。上位十人だけが貰えるカードだったんだけどさ、それを今日持ってる奴が居て……』
『へぇ、すげぇな。つまりあの結構な人数が参加してたお祭りイベで十位以内に入った奴ってことだろ?』
『そう! 凄いよな! だからさ、絶対このゲームの事好きな奴だろうって思って、友達になりたかったんだ』
『お前のコミュ力なら、余裕だろ? いつもみたいに普通に話しかけりゃいいんじゃねぇの? 今更友達の作り方を俺に聞かれても困るぞ』
『それが、話しかけてはみたんだけど……もう近づくなって、そのカード渡されちゃったんだ』
『は? お前……』
『違う、奪ったとかじゃないからな! 俺はカード欲しいなんてひとことも言ってないし、むしろそんな大事な物欲しいなんてこれっぽっちも思わないし! 俺はただ普通にゲームの話をしたかっただけなのに、そう言う前に押しつけられて逃げられたっていうか……』
『もしかして、その相手って……今日お前がそわそわ気にしてた、あいつか?』
『気付いてたんだ……』
『いや、わかんねぇ方がおかしいだろ』
休み時間も昼休みもずっと気にしてたし、放課後も慌てて追いかけていっただろうが。と『デン』に呆れるように言われて、あまりにも必死な姿を他人から指摘されて恥ずかしくなる。
自分ではそんなつもりはなかったのだけれど、敏之から見ると士朗は雪哉を一日中ずっと追いかけているように見えたらしい。全部が間違いじゃないのがまた恥ずかしいのだけれど、士朗としては本当にレアカードを持っていた雪哉と純粋にゲームの話をしたかっただけだ。
『そ、それでな……そのカードの絵柄なんだけど』
恥ずかしさを抑えながら、慌てて話題を本来相談したかった案件に戻す。
『あぁ、ゲームのロゴと本人のアバターが両面印刷されるんだったっけ?』
『そう、そのアバターがさ……スノーさん、だったんだ』
『ん? スノーって、お前とずっと組んでる美人のエルフの姉ちゃんか?』
『うん、そのスノーさん』
『つまり、あいつがスノーだって事?』
『やっぱり、そうなると思う?』
『普通に考えれば、そういう事だろ』
『でもスノーさんは、女の子だよ?』
『お前、今の自分の姿を見てから言え。うさ耳ロリっ娘の分際で』
『バニーガールは、男のロマンだ!』
『ならもっと、ナイスバディ的なアバターにしろよ。バニーガールを貫けよ。なんでちょっと可愛い系なんだよ』
『大人の女の人にしたら、エロい目で見られるだろ! 俺にそれをさばける程の演技力はない』
『自分で演技力って言ってる時点で、わかってんじゃねぇか。ゲームのアバターと現実世界の性別は一致しない』
『そ、そうなんだけどさぁ……スノーさんって結構面倒見の良いタイプだし、初心者だった頃の俺に向こうから優しく声かけてくれたし、あまりにイメージが違いすぎるっていうか……』
『ゲーム内でだけ性格変わる奴なんて、ザラに居るだろ』
『でもさ……』
『本人に聞いてみれば?』
『だから、逃げられたんだってば』
『現実世界じゃなくて、ここでだよ。スノーはありすがお前だって知らないんだから、普通に話しかければ応えてくれるだろ』
『あ、そうか!』
『懐いてた綺麗なお姉さんが、同級生かもしれないってのに戸惑うのはわかるけど……』
『ありがとう『デン』! 行ってくる!』
『あ、おい……ちょっと……』
親しくしていた相手が女じゃないかもしれないのは残念だったな、と慰めようとした『デン』の言葉を遮って『ありす』がルームを飛び出して行く。本日二回目の取り残された感を味わいながら、『デン』はこれまた本日二回目の「まぁ頑張れ」を呟いて、ひらひらと手を振った。
『スノーさん、居た!』
冒険者達の集まる広場の中心にある噴水の近くのベンチに腰掛ける『スノー』の姿を見つけて、『ありす』はそう叫ぶのと同時に駆け寄った。
ルームを出てから三十分もかからずにこの広大な世界で何万人もいるプレイヤーの中から『スノー』を見つけ出せたのは、奇跡に近い。
『スノー』とはもちろんフレンドになっているからログインしているかどうかはわかるけれど、プレイ中の場所までは把握できない。見つけられたのはひとえにフレンドや知り合い以外にも、片っ端から声を掛ける『ありす』に驚きながらも情報を提供してくれたプレイヤー達のおかげに他ならない。道中でフレンドがいつの間にか二桁程増えていた。
このゲームにはフレンド枠の上限が設けられていないので、比較的簡単にフレンドにはなれるのだが、上限がないからこそ誰が誰かわからなくならないように下手にフレンドを作らないプレイヤーも多い。
『ありす』も不用意にフレンドを増やさないように心がけてはいるのだが、話しやすかったり楽しかったりすると自然と増えてしまっているのだから仕方が無い。「誰だっけ?」となるようなフレンドはいないし、特に仲の良い数人はマークを付けておける仕様になっているので今のところ不自由はない。
『え? ありすちゃんどうしたの? 今日は約束してなかったわよね』
イベントでも上位を取る事の多い『ありす』と『スノー』は、ゲーム内で他プレイヤーによって相棒認定されている程なのだが、実際の所いつでも一緒というわけではない。
『スノー』は『ありす』と出会う前はソロプレイヤーだったと言うし、一人でクエストに挑戦したい事もあるらしく、基本的には『ありす』が一緒にプレイしたいイベントやクエストがある時に、時間を合わせて貰う以外はそれぞれ別々で行動することの方が多いのだ。
『ありす』の方も、いろんなプレイヤーとパーティを組んで楽しみたいタイプなのでウロウロと色んなパーティを渡り歩いている。だがやはり『スノー』と組むのが一番安定するしプレイしやすいので、最終的に帰ってくる場所という感じだろうか。
だから『スノー』が驚くのは無理もないのだ。今日は確かに約束をしていなかったし、そう言う日にはお互いの居場所は特に知らせたりしないから。
『ちょっとお話がしたくて。今忙しい?』
『いえ、大丈夫よ。何かあった?』
ベンチの隣を空けて座るように促してくれる『スノー』はやはり出会った頃から変わらず優しい。近付くなオーラを常時発している雪哉とはちっとも一致しない。
けれど雪哉の持っていたカードの図面は、本人を目の前に画面の前で見比べてみるても『スノー』のもので間違いなかった。全く同じアバターを使っているプレイヤーがいないとは言い切れないが、このゲームのアバターのバリエーションはかなり多く、元となる種族だけでも二十種類以上ある上に、さらに顔面の眉毛や目の形や色、鼻の形や口元も細かく変えられる。その他によくある男女の別や肌の色だけでなく、果ては身長まで1センチ単位で変えられるのだ。
スノーはデフォルトのアバターではなく色々と弄っているはずだから、全く同じアバターが出来る確率はかなり低いはずで、しかも一周年記念イベントで上位十名以内に入ることの出来る強さを持っているエルフ族の女性アバターは『スノー』を置いて他にないと思う。
だから、今士朗の手元にあるカードは間違いなく『スノー』が手にしたはずの物であるはずだ。だが、どう切り出したらいいかが難しい。
正体を明かして本人か確かめるのは『スノー』が雪哉であれば話はすぐに通じるかもしれないが、大好きな『スノー』に突然嫌われてしまう可能性も秘めている。雪哉でない場合、『ありす』の言動はかなりの不審者でやはり嫌われてしまうような気がする。
『スノー』が雪哉であろうと無かろうと、ずっと仲良く遊んできた相手と縁が切れてしまうのは嫌だ。
(一か八か、リアルであって貰えないか頼んでみるか)
『ありす』にはフレンドが多いため、今までも何度かオフ会でプレイヤー達と実際にあったことはあるが、いつも『スノー』は欠席だった。最初の頃は地方に住んでいるのかと思っていたが、仲良くなってから知り得た情報によるとそうでもないらしい。単に、ゲームの友人と現実の友人は切り離して考えるタイプらしい。
士朗としては一度会ってみたいと思っているのだけれど、何度誘っても断れてしまう。だが一度だけ「大人数のオフ会は嫌だけど『ありす』とは会ってみたいな」と零していたことがあって、それを嬉しく思ってずっとその言葉を覚えていた。もしかしたら、二人きりなら会ってくれるかもしれない。
『あの、あのね……ありす、スノーさんに会ってみたいなぁって』
『? 今、こうやって会っているでしょう?』
『そうじゃなくて、ゲームの中じゃない場所で、お話してみたくって』
『オフ会のお誘い? ごめんなさい、それはちょっと……』
『みんなと一緒じゃなくてね、二人きりで会いたいの。だめ、かなぁ?』
『……っ、んんんん!』
ちょっとあざとすぎるかと思いながらも、こてんと首を傾げる動作でお願いという名のおねだりを攻撃をかましてみる。これをしているのが男子高校生だと知られたら羞恥で死ぬかもしれない。でも、そんな事よりも今は『スノー』に会いたい気持ちの方がずっと大きかった。
『ありす』のおねだり攻撃を一身に受けた『スノー』が、見たこともない色んな動作を同時に行っている。何やら身悶えているように、見えなくもない。
『どうしたの!? キーボード壊れちゃった?』
「ん」という文字の羅列があまりに続くのでこのタイミングでバグでも起きたのかと『ありす』が慌てると、ようやく落ち着いたように『スノー』の不思議な動作と「んんんん」連打は止んだ。
代わりに『スノー』の手が『ありす』の頭とうさ耳を撫でる。
『はー、可愛すぎる! わかった良いわよ。ありすちゃんと二人きりで会えるのなら』
『本当!? やったー』
この時士朗は、完全に『スノー』が雪哉かもしれないと疑っていた事を忘れ去り、普通に『スノー』に会える事実に喜んでしまっていた。
そのため、今度の土曜日に会う約束を取り付けて興奮冷めやらぬままログアウトするまで、士朗は当初の目的を忘れていたのは言うまでもない。
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