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第3話

「サツキの恋人はどんな人なの?」 ボブは小さなカップをテーブルに置いて訊いてきた。 朝から同じような事を訊いてきた蒼を思い出し、一瞬既視感を覚え、思わず笑ってしまいそうになった。 「うーん、可愛い人だよ。けど、ちょっと心配症かな……。」 実際に蒼を思い浮かべるが、なんと答えていいのか迷った。 蒼は優しくて外科医として優秀で、そして働かなくても良いくらいの資産を亡くなった父親から受け継いでいる。 容姿も完璧で、ボブとは系統は違うが、浅黒い肌にハーフの彫の深い顔と長い前髪を掻き揚げる姿はエキゾチックで別世界にいるようだった。それでも、本人は別段気に掛ける事なく、いつでも穏やかで優しく、最近は自分の足や頭の怪我の心配などを未だにしている。 『皐月、もう怪我しないでね。黒木君にこれ以上皐月の身体を見られたくないんだ……。』 と、いらぬ誤解を招く発言をしながら、蒼は不運続きの自分の身をいつも案じ黒木に手術された痕を消す手術を勧めてくる。単に黒木に固執しているだけなんだと思うが、…………とりあえず愛されていると思えば可愛いと済ましておきたい。 「………そうか。てっきり、冷たい人だと思ってた。」 ボブは目を細めぽつりとつぶやいた。 冷えたホットチョコレートが少しカップに残っている。 「え、どうして…?」 「いや、いつも君は昼間は一人でいるし、恋人とどこか出かけたとか聞かないからさ………。心配してたんだ。」 ボブは眉を寄せて、心配そうに自分の顔を見つめた。 せっかくの休日なのに昼間出かけようとして、つい抱き合ってしまい、夕方になるというのが何度も続き、結局どこにも行ってない。確かにボストンに来てからまともな外出を蒼としてない。蒼との仲は良好だが、少し改善提案を申し込まなければならないと、その時思った。 「大丈夫だよ。彼は少し仕事が忙しいだけなんだ。心配してくれてありがとう」 「…………いいんだ、何か困った事があったら話して欲しい。」 爛れた生活を上手くフォローしつつ誤魔化すと、ボブは優しく微笑んだ。 ボブの吸い込まれそうな碧い瞳にじっと見つめられると、思わずときめいてしまいそうで、はっとしながら冷静を保った。ボブはいつでも優しくて、時々こうやって甘い顔を向けられると蒼がいるはずなのにドキドキと胸が高鳴ってしまう。罪悪感が少し沸きながらも、水を飲むふりをして視線を外した。 そして視線を外した先に、どこかで見覚えのある顔と懐かしい背の低い子供に焦点が当たった。 「皐月じゃないか!!」 相変わらず調子の良い、陽気な声だ。嫌な予感がして、耳を塞ぎたくなった。 黒瀬と悠が店のレジに立ち、こちらを見てぶんぶんと子供のように手を振って立っていた。 「げ、槇じゃないか。…………あ、悠くん!」 大きな瞳を丸くして悠は自分を確認すると嬉しそうに小さく手を振り、頭を少し下げて微笑んだ。少し背が伸びて、身体も大きくなったような気がする。黒瀬と悠に会うのは昨年の事故の後に1度だけ会ったきりだったが、父親である黒瀬より大人びて成長してる気がした。 「サツキ、知り合い?」 ボブは黒瀬と悠を見て、少し驚いた顔をした。 一瞬、黒瀬をボブに紹介しようか迷ったが、注文をし終えた黒瀬は、ニコニコと笑顔でホットチョコレートのカップを2つ、他にもチョコレートの小皿を携えて悠と悪気なく近寄ってきた。 「『げ』は無いじゃないか。かつての恋人に向かって、『げ』は。いつも思うけど、僕と悠との差が酷いよね。僕の遺伝子を着実に引き継いでるのに、僕より悠を溺愛してる気がするよ。」 不満そうに黒瀬は座っていた丸テーブルのボブと自分の空席を引いて、当たり前のようにボブの隣へ腰かけた。 「………散々辛い目にあったからね。『げ』も出るよ。あ、悠くんはこっちに座りなよ。」 自分は隣の空席を引いて悠を呼んだ。 急に慌ただしくなり、はっとしてボブを見ると黒瀬をじっと見ていた。 「………ごめんボブ、学生時代の友達なんだ。…一緒でもいい?」 「……いいけど、辛い目て…?」 碧い瞳を細め、心配そうに顔を覗かせてきた。 余計な事をボブの前で自分から吐露してしまい、何から話そうか迷った。 「ああ、自己紹介がまだですね。いきなりお邪魔してすみません。初めまして、黒瀬です。」 「ボブ・グレイス・ビルトです。よろしく」 ボブと黒瀬は互いに座りながら、笑顔でしっかりと握手していた。 自分は悠が美味しそうにホットチョコレートをふうふうと冷ましながら飲む姿を微笑ましく眺めながら、横目で二人の様子を見た。 ニコニコと笑顔が絶えない黒瀬と少し困り顔のボブは対照的で、なんだかボブに申し訳ない事をしてしまったような気がする。蒼でさえ、黒瀬は苦手な部類なのか、あまり会って欲しくないと前に愚痴られた。 「槇、余計な事を言うなよ。」 「そ、そんな余計な事なんて何も話さないよ。」 きっと黒瀬を睨みつけると、心外だと言わんばかりに肩を竦められた。 親しげに話す姿にボブはふと疑問に思ったのか、真剣な声で唐突に言った。 「………皐月を悲しませてたのは君?」 「ボ、ボブ?」 悠の口元のチョコレートを拭いてあげている時に急に何を言い出すんだと顔を上げた。 ボブは少し怒ったような顔で、黒瀬を見ている。 「僕じゃないですよ」 槙は満面の笑みでボブの質問に答えた。

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