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第6話

「皐月、おかえり!」 黒瀬と悠と別れ、ボブと本屋に立ち寄り、何冊か本を買ってから帰った。あまり英語が得意ではないので、読みやすい本をボブが選んでくれて、いつも読んでは本の感想を互いに報告し合ってるのだ。その成果の現れなのか、前に比べて英語が上達して来たような気がする。 上機嫌でボブと別れ、地下鉄に乗り帰るとすっかり夕暮れになってしまい、蒼からメールを受信していたのに気づいた。 急いで帰宅すると、蒼が満面の笑みで出迎えてくれた。玄関を開けた途端、嬉しそうに飛びつかれ、抱き締められた。一瞬その姿がムーンのように見え、少し笑いそうになる。 「……ん、ただいま…んんっ。」 左右の頬にキスを落とし、ぎゅーとさらに抱き締め、最後に軽く唇を重ねると軽いキスが段々と深くなり互いの舌を絡ませた。卑猥な音が玄関に響き、互いを抱き締めては愛しさが増す。 今日は蒼は早く帰れると先程メールがあったので、自分がご飯でも作ろうとしたが、奥にあるキッチンから美味しそうな香りが漂って来てるのを推測すると、夕食を用意してくれたらしい。 「……………蒼、我慢出来なくなるよ。」 蒼の柔らかな唇を離し、名残惜しそうになりながら顔を見上げると、蒼は嬉しそうに抱き締めた腕を離す事なく首筋に顔を埋めた。 「皐月、おかえり。ご飯食べた?なんだか甘い香りがする………。」  くんくんと首筋の匂いを嗅がれ、蒼の髪の毛が当たり、擽ったくなりながら身を捩ると軽く首筋を舐められた。 「………んっ…ボブとランチしたきりだよ。あ、チョコレートのお店に行ったんだ。お土産食べる?」 首筋をぺろっと舐めて、チュッと音を立てながらキスし、優しく微笑む蒼に小さな箱を見せた。 帰り際、ウィスキーかワインのつまみにしようと、いくつかビターやミルクの宝石のようなチョコレートを蒼の為に見繕った。黒瀬は最後まで『明日、本当に行くの?』と、チラリと後ろで楽しそうに悠と手を繋いでいるボブを見ながら耳元で囁いていた。 「…………またボブと出かけたの?」 蒼は横目でチョコの箱を見ると、ぎゅっとさらに抱き締める腕の力を強めた。 「うん、明日もちょっと出かけるんだけど、駄目だった……?」 不安そうに言うと、蒼は先ほどまでの上機嫌な声を低くして困ったように眉を寄せた。 「…………ごめん、実は明日、同僚とシフトを交換して久しぶりに休みになったんだ。」 「そっか、約束を入れる前に蒼に聞けば良かったね………。俺の方こそ、急に予定を入れてごめん。」 「いや、僕こそ連絡が遅くなってごめん。その…さ…。」 「あのさ、キャンセルはできないけど、夕方何処か食べに行く?」 予想されそうな言葉を遮り、遠回しに蒼を宥めつつ、明日のボブとの約束を思い出した。 「…………朝からずっと皐月といたいな。」 甘えるように蒼は薄緑色の瞳を潤ませて、子供のようにせがんだ。自分がこの顔に弱いのは本人も十分承知の筈だ。 「………………蒼、ごめん。先にボブと約束したんだ。ね、夕方からなら空いてるし、何処か美味しいものを食べに行こうよ。」 「……………………僕は君の恋人なのに。」 蒼は不満そうに呟いた。 遠回しににボブの約束を反故して、自分を優先させろと言ってるように聞こえる。 「…………蒼、ゆっくり身体休めて、夕方に美味しいもの食べてのんびりしよ?日頃忙しいんだから、無理に何処か出かけなくてもいいんだからさ。」 優しく頬にキスをして、さらに唇にも軽く唇を当てて、上目遣いで見上げた。恥ずかしいが、蒼を宥めるにはコレが一番効果的だと最近知った。 「…………ずるい、僕だって皐月と出かけたい。ボブばかり嫌だよ。絶対ボブは皐月に気があると思うんだ。」 それでも蒼は子供のように拗ねて、ぎゅっとさらに抱き締めるので身体が絞り上げられるような気がした。 まったく、今年の秋からスクールに通う悠より子供に見えて、ちょっと困ってしまう………。悠は子供扱いされると怒るが、蒼の扱いはもっと面倒臭い。 「蒼、ボブはこっちで初めてできた友達なんだ。自分がゲイだって伝えてるし、色々出かけてるけど疚しい事なんてないよ。だから変に疑う必要なんてないさ。」 ボブに固執する蒼を優しく諭し、広く逞しい背中を撫でながらポンポンと軽く叩いた。蒼は複雑そうな顔で首を振りながら抱き締めたまま無言になった。要らぬ誤解を受けないように伝えたはずが、ますます納得がいかないように見える。 そもそも、ボブはゲイでもなく、以前は彼女がいて、散々振り回されて振られた過去を持つ。だからこんな地味な男の自分を好きになる訳がないのだ。 そんな事を蒼は知らないせいか、増えていく蒼の心配性と嫉妬深さに少し呆れてしまう。 「………でも、ボブはそう思ってないかも知れない。」 「蒼!それ以上言うのはやめてくれ。朝倉先生と同じで、彼は友達だよ。蒼だって、先生とまだ会ったり、食事したりするだろ?それと同じだよ。」 「………彼は同僚だよ。ちゃんと君との関係も伝えてるし、食事の時だって学会の後に落ち合ってするだけで、なにもないよ…。」 「ほら、それと同じだよ。ボブだって、食事して珈琲を飲んでるだけだ。変な誤解しないで欲しい。」 キッと軽く睨むと蒼は自分にしがみつくように抱き締めたまま、見えない犬のような耳と尻尾を下げてるようにしょげた。 「……………僕はまだボブに会ってない。」 蒼はぽそっと顔を埋めてながら呟いた。 どこまでも食い下がる蒼にげんなりしながら、ムーンだと思いながら、背中を撫でる。 「じゃあボブに聞いて、明日蒼を紹介するよ。明日、お昼一緒に食べる?」 あとでボブにメールし、蒼を紹介したい旨を送ろうと思った。優しく真面目なボブなら蒼と仲良くなれるだろう。 「うん、それなら満足かな!皐月、早くご飯食べよう。お腹空いたね。」 そう言うと納得したのか、ぱっと満面の笑みで額にキスを落とし、今までしがみついていた身体を簡単に離すとキッチンへ消えた。 キッチンへ入ると芳ばしい香りが漂い、蒼が上機嫌でサラダをよそっている背中を見ながら、皿を出した。美味しそうなサーモンのグリルが焼かれて、フライパンに蓋がされており、カルパッチョとスープまで作ってあった。 美味しい料理を前にして、先程まで散々拗ねられ、面倒臭いなと思った事をなんとなく申し訳なく反省した。

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