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第5話
黒瀬は高校、大学、社会人と8年付き合いながらも、散々浮気され、最後は子供が出来たという言葉に、それでも黒瀬は自分との意味のない関係を続けようとした。自分は泣きながら別れたいと、やっと自分から言い出し終止符を打ったという辛くて苦い過去をもつ。黒瀬だけが悪いだけでもなく、当時は自分も両親二人を交通事故で亡くし、寂しさを埋める為に、黒瀬の浮気を許し、ずるずると関係を続けていた。
別れてからも、結婚式に出席し、愛した男の門出を祝いながら、黒瀬を引き摺り、その後付き合った桐生 や今の恋人蒼 にもその面影を求めていた。
蒼は初め、桐生を引き摺っていると思っていたが、その正体が黒瀬と分かり、ボストンに逢いに来ても自分に触れようとせず仕事で忙しいと会話すらあまりしてくれず、耐えられず自分から別れを切り出して日本へ帰国した。
それでも蒼は別れたくないとボストンから日本に来てくれ謝ってくれた。自分は散々揉めくせに情けない蒼の顔を見てしまうと呆気なく許してしまい、やっと拗れた過去のわだかまりを清算できた気がした。
そんな事があったので、蒼は黒瀬と仲良くなるのは、相変わらず気に食わないようで、今でも黒瀬の話題をあまり出さないように配慮している。しかしながら黒瀬も悠を育て、過去とは別に良い父親を目指して日々慌ただしく過ごしているようだ。
「そうだ、ユウは犬が好きかい?」
なんとなく昨年の苦い記憶を辿りながら、元凶となった黒瀬の能天気な顔を眺めていると、ボブが嬉しそうに悠に質問していた。
「うん!好きだよ!」
悠が大きな瞳を輝かせて元気よく答えるので、ボブも嬉しそうだ。
「それなら、今度僕の愛犬に会わせてあげるよ。去年から一緒なんだけど、まだ子供で甘えてきて可愛いんだ。」
「………ボブ、そういえば昼間って、ムーンは一人で家でいるの?」
いつもボブは朝にムーンを散歩しているが、昼間ボブと一緒に食事や外出をするときはムーンはいない。気にならなかったが急に愛犬ムーンの不在が心配になった。
「ああ、昼間は隣の老夫婦が預かってくれていてね、よく懐いて可愛がってもらってるんだ。寂しいから預からせてくれって向こうからお願いされてさ。」
困ったようにボブは頭を掻いて、優しく微笑んだ。その横で黒瀬は何か言いたそうな顔をしたが、自分はもう余計な事を喋るなよと目で威嚇した。
「じゃあ今度3人で公園で遊ぼうよ。ムーンも連れて来てさ。」
楽しそうに話すと黒瀬はじとっとした視線を送って、はしゃぐ悠を眺めて溜息をついた。
「皐月、それって僕をカウントしてないよね?」
「………槙は仕事をしてればいいじゃないか。喜んで悠を見てあげるから稼いで来なよ。」
「酷いなぁ。…………喜んで仕事させてもらうけど、そのムーンの名前の由来をちょっと教えてもらおうかな、ボブ?」
黒瀬はニコニコとボブに微笑みかけると、急にボブは顔を赤らめ恥ずかしそうに俯いた。
そして、慌てて温くなったホットチョコレートを全て飲み干した。
「ボブ、いいから。槙もボブに変なちょっかいをかけるなよ。」
そう言って窘めると、黒瀬はやれやれと首を振り、飲んだカップを脇へ寄せようとした。そしてピタっとテーブルに上がっていた自分の指先に視線をとめた。
「あれ?皐月、まだ指輪してないの………?」
「え?」
「え?じゃなくて、君は恋人と長いんだろう。指輪、そろそろしてもいいんじゃない?」
ボブは悠と話しながらチラリと自分の指先に視線を移したのが分かり、恥ずかしくなってテーブルから手を下げて隠した。どうして長いと指輪をするのが当たり前のように考えられるんだろうとこちらが言いたかった。
「…………苦手なの知ってるだろ。指はずっと嫌いなんだよ。それになくても十分だよ。」
「そうは言っても、あの人ならサプライズとかで用意してるんじゃない?現に僕の指輪はどうしたの?」
黒瀬から昔貰った指輪を思い出したが、もう記憶が飛んでどんなデザインかも忘れていた。
「捨てたよ。」
そう呟くと、ボブは聞き耳を立てていたのか、悠と最近の日本のアニメの話を話していた筈なのに急にびっくりした顔をして自分を凝視して叫びそうになった。
「サツキ、それは酷いよ!」
「…………ボブ、流石に結婚指輪を他の女性に送ってる奴からの指輪を大事にできる?」
「皐月、それは誤解だよ。あれは後から結婚指輪を買ったんだ。同時に二つなんて買わないよ。」
困ったような顔で黒瀬は肩を竦めながら、ボブに助けを求めようと視線を送ると、ボブは顔を顰め黒瀬を見ていた。その様子を自業自得と思いながら、心の中でほくそ笑んだ。
「クロセ、最低だ。」
「それから指輪にトラウマを持ってるんだよ。蒼にも苦手だと伝えて、買わないでくれって、とっくの昔に伝えて釘を刺してるよ。」
「とっくの昔なら、絶対忘れてると思うよ?」
黒瀬はきょとんとした顔で返事をした。
いつでもこの男は人を苛つかせるのは天才的に上手い。
「…………それでも俺は指輪がなくても生きていけるんだから、必要ない。」
「サツキはドライだね。もし良かったら、僕と見に行く?いいデザイナーを知っているんだ。」
「え?」
「え?」
捨てられた指輪が気に入らないのか黒瀬はやけに食いついてきたので、負けじと交戦していると、急に思ってもない人物から予想外な言葉が出たので、黒瀬と変な声でシンクロした。
「…………皐月、やめなよ。ボブと行くなら、僕と行こうよ。」
その黒瀬の言葉に拒絶反応を示したのか、それだけは駄目だと頭の中で危険信号が走ったような気がした。
「いやだよ、黒瀬と行くならボブと行くよ。………そうだな、試しに見てみるよ。ボブ、ありがとう、見に行こうかな。」
「じゃあ友人に連絡しておくよ。小さな店だし、明日でもいいかな?」
「皐月………。」
黒瀬は何か言いたそうだったが、これ以上余計な事を言われたくなくてキッと睨んた。
そもそも指輪のトラウマを植え付けた人間に自分の行動を戒められたくない。
「ボブ、了解。楽しみにしてるよ。黒瀬はこれ以上止めても無駄だからな。」
「…………皐月、僕は一応止めたからね。どうなっても知らないよ。」
黒瀬はそう言ってまたチョコレートを口に放り投げて、眼を瞑って美味しそうに味を楽しんだ。
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