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第10話

いつもの公園でボブと待ち合わせをして、昨日帰りに一緒に買った本の感想を言い合いながら楽しい時間を過ごした。そして公園を出ると、タクシーを拾い、サウス・エンドまで移動した。そこはレストランやファッションなど様々な分野がひしめき合い、古い倉庫には、ギャラリー、スタジオ、室内装飾グッズなどの店が並んでいた。 「…………昔からの知り合いで、とても素敵なんだ。」 ボブは恥ずかしそうな顔になり、少し悩んでいるように見えた。 生まれも育ちもボストンなボブなので、その時は学生時代の知り合いを想像していた。 案内された店は小さな古いビルの2階にあり、建物内の螺旋階段を登ってすぐあった。店内は小さくこじんまりしており、所々にドライフラワーが飾られ、内装は落ち着いていて居心地の良い素敵な店だった。店に入ると白髪を短く整えた品の良い女性が笑顔で出迎えてくれた。 『はじめまして、気に入ったら試着していいわよ。』 『あ、ありがとうございます。』 彼女は華奢な掌を差し出し、握手を求めた。 年は自分より上に見えるが、痩せているがバイタリティ溢れる魅力的な女性のように感じる。目元が心なしかボブに似てる。 緊張しながら英語で答えると、彼女はにこっと笑い、白い歯と素敵な笑顔が印象的に見える。 『久しぶりね、ボブ。恋人を連れてくるなんて初めてね。彼、男性だけど貴方の顔を見ると、すぐ分かるわ。』 『………………残念ながら友達だよ。昨日連絡したけど、今日は彼の指輪を見に来たんだ。いくつか見せて貰ってもいい?』 ぎこちない笑顔で挨拶し握手すると、彼女はボブにも握手し、ハグをしながら耳元で囁くとボブは恥ずかしそうに照れて頭を掻いた。その後も二人は早口の英語で仲良さげに話し、近況を語り合っているように見えた。 その姿を横目で見ながら、いくつか飾られている指輪を眺める。指輪の他にチャーム、ブレスレット、ネックレスが飾られ、デザインはシンプルでとても素敵だ。 「サツキ、気に入ったのある?」 ボブはオーナー女性から離れ、嬉しそうに近寄ると、目の前の指輪を一緒に眺めた。 昨日、風呂で聞いた時、蒼はシンプルなデザインが良いと話していたのを思い出す。 「うん、どれも素敵なデザインで迷うね。」 「店のものは全部シルバーだけど、別でプラチナやピンクゴールドにでも変更できるよ。」 「…………そうなんだ。」 流石にシルバーとプラチナの違いはわかるが、ピンクゴールドなど詳しい事まで頭が追い付かずまごついてしまった。どれも同じようなデザインに見えるが、カーブの曲線が深かったり、少しデザインが異なるとどれも違うように見える。 「この石のついてない奴は?」 ボブは一つだけ取って、さりげなく自分の掌を取ると、指先に指輪を嵌めた。サイズはピッタリで、初めて身につけた指輪はカーブも浅く、シンプルなデザインで薬指で瞬くように美しく煌めかせていた。 「………………うん、良いかも。ボブもつけてみなよ。」 何も考えずに、自分が身につけたのと同じデザインの指輪を見つけ、ボブの大きな掌を自分の掌に乗せると、長い指先に指輪を通した。ボブは驚いた顔をしたが、その顔に気づくことなく指輪を指先に押し通して、ボブの大きな掌の隣に自分の掌を並べて見せた。。 窓から射す陽光に薬指が照らされ、指輪はキラキラ煌めき、何故か胸がドキドキと高鳴りそうになった。 「サツキ、よく似合ってる。」 「うん、ボブも似合ってるよ。」 二人で手を並べながら笑って、互いの指輪を見比べていると、後ろから先ほどの女性が苦笑した。 『貴方達、本当に付き合ってないの?お似合いよ。』 クスクスと背後で笑われ、恥ずかしくなり、並んでいた手を引っ込めて、後ろでゆっくりと指輪を外した。ついつい、同じ指輪をつけてる蒼を想像してしまい、ボブに蒼を重ねてしまっていた。 「ボブ、ごめん………。」 ボブをうっかり蒼に見立ててしまい、申し訳なく思って頭を下げ、指輪を元の場所へ戻した。 「…………いや、いいんだ。でも君と同じ指輪をする彼は幸せだね。」 ボブも自分の指輪を外して元の場所へ戻し、苦笑した。 ふと、ムーンと似たような犬のチャームが二つ見え、片方を手に取った。 ラブラドールのムーンになんとなく形が似ている。 こっそりとボブが店内を見回っている間に、女性に近づいて、チャームを購入した。 『包まなくても、いいかしら?』 女性は代金を貰うとにこっと笑って言った。ボストンはレジ袋は廃止し、大抵裸のまま商品を渡される。用意自分は頷いてそのままチャームを鞄のポケットに入れた。 「サツキ、もう出る?」 ボブは会計をしていた自分に気づくと、何か手を取っていた。新しい彼女にプレゼントでもするのだろうか。 「うん。…………あ、ちょっと電話だ。外で電話してくるよ。今日はありがとうございます。また来ますね。」 『ええ、また来て頂戴。いつでも大歓迎よ。』 頭を下げると、女性は微笑みながら手を振った。 ズボンに入っていた携帯が震え、着信を見ると『蒼』だった。 時間を見るともう、約束の時間が近づいていた。 『皐月、今どこにいるの?』 蒼の不安げな声が聞こえた。 「連絡が遅くなってごめん、今サウス・エンドなんだ。待ち合わせ場所にこれから行くよ。」 『うん、わかった。………気を付けてね。』 何か言いたそうに聞こえたが、そのまま電話を切った。 そしてボブが女性に手を振りながら店から出てきたと思うと、ボブの携帯が急に鳴った。

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