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第15話

賑やかな店内で熱々の鉄板がジュウジュウと音を立てて、煙とともにステーキが程良い焼き加減でワゴンから運ばれてくる。店は平日なのに客足は多く、賑わっていた。店内の内装は古いが、重厚で高級感を醸し出し、ドレスコードはないが周りを見渡すと着飾ってる客が多かった。 「………それで、ボブの相棒は大丈夫だったの?」 少し嫌味ぽく言いながら、蒼は分厚いステーキを切り分けた。150gですらお腹一杯なのに、蒼はその2倍以上もの肉を注文し、ペロリとすぐに平らげそうだった。長時間の手術に耐えられるように、たまにジムに行ってるらしく、蒼の大きな身体は引き締まって鍛えられてジャケット越しでも良く分かった。 「うん、すっかり元気になって安心したよ。…………その、蒼、………急に……ごめんね。」 歯切れ悪く申し訳ない顔で謝ると、蒼は複雑そうな顔になりながら切り分けた肉を食べる。蒼はミディアムで、自分は少ない量なのでレアにして貰った。 「……いいよ。久しぶりに市の図書館で時間を潰してたし。ゆっくり出来たよ、ありがとう。」 そう言いながら、蒼は赤ワインを飲んだ。 「そうなの?」 ボストンの公共図書館は、歴史ある、豪華な建築の図書館だ。前にボブに連れられて訪れたが、立派な施設を誰でも利用できるというのは本当に恵まれた環境だと思った。学生が多い街なので、閉館時間が夜9時というのもすごい。 「うん、よく学生の時は行ってたんだ。元々本は好きだからね。皐月も行った事ある?」 「……あ、前にボブと……。」 ボブの名前を出すと蒼はふぅと溜息をついて、また傍にある赤ワインのグラスを手に取ると口に含んだ。このままではボトルを注文しそうだ。 「……そっか。じゃあ僕と行く必要はないかな。」 「え、いや、行くよ。今度案内して欲しい……!」 寂しそうな顔で拗ねられ、慌ててご機嫌を取るように懸命に食らいついておいた。蒼は一見穏やかそうに見えるが、相当怒ってる。メールで待ち合わせ場所を送り、落ち合っても、優しく微笑むがどことなく冷たかった。自分が悪いのは分かっているが、蒼だって朝倉を優先させて一人にさせてたじゃないかという言葉を喉まで出かかっていたが、頑張って抑え込んで我慢して耐えている。 「……………ボブの事、好き?」 「え?」 なんの事を言ってるのか分からず、思わず食べかけの肉を落として蒼の顔を二度見してしまった。 「いや、僕のこと、好きなのかなって…」 赤ワインを飲みながら、蒼は拗ねたような顔で小声で呟いた。その言葉に驚きながら、思わず笑ってしまった。 「………はは、蒼が一番好きだよ。」 蒼は真剣に言ったつもりなのだろうが、その言葉がどうしても可笑しくてつい、クスクスと笑いが止められずに苦しくなったお腹を抑えた。 「……皐月、真剣なんだけど。」 ムッと頬を膨らまして、小分けにしたステーキを口に運ぶ。 「ごめんごめん、悠と同じ事言うなんて、可笑しくてさ…はは。その表情も似てる…あはは」 笑いが止まらず、傍にあった水を飲んだ。 前に悠が甘えながら、『僕のこと、好き?』と何回も頬を膨らませて黒瀬の隣で聞いてきた事を思い出した。無邪気に何度も聞くので、「君のお父さんより100万倍、好きだよ。」と答えると満足そうに笑った。隣で黒瀬が『皐月は残酷だね』と苦笑していた。 「僕は君の事ずっと好きなのに、君はずるいよ。………君は、無自覚過ぎる。」 「はは、無自覚て。………ずっと俺だって蒼が好きだよ。」 まだ膨れる蒼を見ながら、止まらない笑いを必死に収めた。先ほどまでの冷たい蒼も格好良くて魅力的だが、デレた蒼は子供のようで可愛らしくて一番好きだ。 「………君はまっったく、僕の気持ちを分かってない。本当にボブは友達なの?」 「友達だよ。本当に今度紹介するからさ、何もないよ。」 不意にボブに抱き締められた事を思い出したが、あれは事故みたいなものだ。余計な事を話すとまた機嫌を損ねてしまう。 「………君を信用するけど、家に帰ったら沢山キスして貰うよ。」 そう言われて真っ赤になると、蒼はその表情に満足したのか、にっこりと微笑んで赤ワインを飲み干した。自分は照れ隠しに白ワインを飲んだが、やはり肉には赤ワインをチョイスした方がベストだ。 二人で楽しく笑いながら食べ終え、会計を終える。蒼はレストルームに行き、先に店を出た。肉の焼ける香ばしい煙から解放され、外の空気は爽やかで少し冷たくなっていた。蒼に会った時は冷や冷やしたが、無事になんとか仲直りも上々に済みそうだと胸を撫で下ろしていたその時だ……。 「やあ!皐月!」 急に向こうから黒瀬と悠、さらに後ろには一度だけ会った秘書らしき男が歩いて来るのが見えた 「げ、黒瀬。」 たじろぎながら、変な声が出た。 「サツキっ…会いたかった!」 「悠……!とっても格好良くなったね。」 悠は可愛らしいスーツを着て、自分を見ると飛び込んで来たのでギュッと抱き締めた。その様子を後ろからやって蒼が黒瀬を見てたのか、ぎょっとした顔になり眺めていた。 「もう食べたの?僕達はこれから食べるんだ。美味しかった?」 黒瀬はニコニコと笑いながら、悠を抱き締める自分に話しかけてきた。 「……あ、ああ美味しかったよ。」 ほぼ蒼とのご機嫌取りのせいか、味は申し分ないと思うが、正直よく分からなかった。 「蒼さんもお久しぶりですね?美味しかったですか?」 黒瀬はわざとらしく微笑んで蒼をみると、蒼もにこにこと優雅に笑った。 「………ああ、久しぶりだね。赤ワインがまた格別に美味しかったよ。」 蒼がそう言うと、黒瀬は少し驚いた顔になった。その瞬間、あっと思い出し、嫌な予感がした。唐突に、このペラペラと喋る口を抑えてやろうと思ったが悠が抱きついてくるので、阻止できない。 「なんだ。皐月、僕の言いつけを破っちゃったの?赤ワイン飲んじゃダメだって、昔言ったじゃないか……。」 黒瀬のこの言葉に蒼の眉がぴくりと動いたのを横目で見え、せっかく食べた豪華なステーキが胃の中でぐるぐると消化されていく。 そう、自分は白ワインしか飲んでおらず、赤ワインをせめてグラス一杯だけなどにして、飲まないようにしていた。蒼にその理由を前に聞かれて、うまく濁して答えているが、普段何でも種類を問わず飲むので不思議に思っていた筈だ。 「……………皐月は飲んでないよ。いつも白ワインだからね。ね、皐月?」 蒼はにっこりと優しく、そして穏やかに微笑んだ。薄緑色の瞳は笑っておらず、悠は腕の中できょとんと大きな瞳を見せていた。

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