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第17話

タクシーに乗り込むと、車はすぐに動き出し、後部座席に並んで座ると、見えないように指先が少し重なり、蒼は名残惜しそうに撫でた。横顔を盗み見るが、日は落ちて、窓からは街中の灯りが流れるように見え、端正整った彫りの深い横顔から表情は読み取れなかった。すっと伸びた鼻梁に影が落ち、蒼の横顔は見惚れてしまうほど綺麗に見える。 タクシーは数キロ走ると、あっという間に自宅に到着した。 無言でタクシーを降りて、玄関に入るなり、蒼はジャケットを脱いで傍にかけた。 「……………先にシャワーを浴びてるね。皐月は後でゆっくり入りなよ。」 蒼は笑顔でそう言い、先に一人で浴室に向かい、すぐにシャワーが流れ落ちる音が聞こえた。そういう時は一人でゆっくり準備しろと暗示されてるようで、残された自分はバクバクと心臓の音を抑えた。朝からハプニングだらけで、黒瀬とも鉢合わせするし、赤ワインや時計の事まで地雷を踏まれる始末に内心疲れ果てていた。 やっと黒瀬との過去を精算し、これから指輪なりプレゼントなり向き合おうとしてた矢先に、なんでこんな形で………。まさか昔の腕時計まで登場するとは思っていなく、ふと過去を思い出そうとしたが辛い記憶を急いで、頭から掻き消した。 黒瀬の呪縛のような思い出をやっと忘れて、折角、蒼と仲直りしたのに、これじゃまた去年のように揉めてしまう……。 また昨年のように一人寂しく美術館に通うなんてごめんだ。 ふらふらとリビングのソファに腰を下ろし、身体を預けて天井を仰ぐように顔を上げた。 そもそも蒼だって、過去の恋人から腕時計なりネクタイなど貰ったり贈ったりしてるはずだ。 ふとボブの顔を思い浮かべて、チャームを渡すのを忘れてしまった事に舌打ちした。そしてムーンを心配して携帯をポケットから取り出すと、ボブからのメールに気づく。 『今日はキャンセルしてしまって、本当にごめん。君のパートナーにも申し訳ないと伝えてくれると助かるかな…………。次からはムーンの玩具をしっかり選別してから君と会うよ。』 受信したメールを開くと、ボブらしい律儀でジョークを軽く含んだ内容に思わず小さく笑ってしまった。 『ボブ、ムーンは元気?気にしなくていいよ、ムーンと過ごしてゆっくりと休んで。また休みの日を合わせて彼を紹介する。そして何処か美味しいランチでも食べよう。おやすみ。』 簡単に打って、携帯を閉じた。 ふと見上げると蒼が髪を拭いて、リビングに顔を出した。 「皐月?」 蒼が不思議そうな顔で、こちらを見た。 「あ、うん。ごめん。シャワーを浴びてくるよ。」 ボブのメールのおかげか、蓄積した心労が癒され、蒼に微笑むと上機嫌で浴室に向かった。

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