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第24話

書斎の窓から月の光が射し反射するように瞬くような光を放つ2つの指輪を引き出しから出した。蒼が帰宅するまで、書斎に籠って仕事をしていたが、思うように進まず、仕舞っていたこの2つの指輪をどのように蒼に提示しようか迷っていた。 先週の黒瀬からの教戒を踏まえ、その日公園を出ると信号待ちで止まっていたタクシーに乗り込み、ボブから紹介された店に直行した。うろ覚えだった蒼の指のサイズを思い出しながら、ボブと選んだのとは別に、なんとなく手に取ったシンプルなデザインを手にして、プラチナのものがあるかを訊くと在庫があるので、そのままレジで会計した次第だった。 『………………ボブが残念がりそうね。でも、1人で買いに来たのは褒めてあげるわ。』 ふふふとオーナーの女性に意味ありげに笑われ、ボブに申し訳なく思いながら黒瀬の言葉を思い出し猛省してしまった。蒼にもボブにも曖昧な態度を取るのも良くない、自分には蒼がどうしても大切で大事にしたいと思って居ても立っても居られなかった。 ついつい勢いで指輪を買ってしまった指輪を眺め、はたして蒼は喜んでくれるだろうかと先週から悶々と不安に苛まれている。 指輪はシンプルな曲線を描き、石もない本当にシンプルなものだ。 本当は一緒に選んでも良かったが、明日からロスだし、その後も自分の仕事の締切も迫ってきているので…………と色々考えると、購入すら難しくなりそうだった。 そして、この仲良く並んだ指輪をいつ渡そうか………。 蒼の誕生日は2月とまだ遠く、自分の誕生日は5月ですでに終わっていた。 夏以降のイベントもほぼない。 「………………………クリスマスかな…………。」 今は新緑が美しい6月だ。まだ半年以上ある。 ロスで渡すにしても、初めて行く土地でさらに慣れない旅先で渡しても落としそうでどこか不安だ。やはりクリスマスまで仕舞っておいて、お洒落なレストランを予約し、ちゃんと指輪を渡すシチュエーションを考えておくか……………。 「皐月、もしかしてクリスマスまでくれないの?」 背後から急に蒼の声がして、びくっと身体を揺らした。振り返るといつの間にか蒼がにこっと微笑みながら、椅子に腰掛けている自分を背後から抱き寄せ、掌にある指輪を覗いている。 「……………蒼っ…………!!」 驚いた。 夜帰ってくるとしても音もせず、突然背後から声をかけられて声が出なかった。 「ごめん、本当は前から知ってたんだ。………………その、嬉しくて、黙っていれなくてさ………。」 蒼は恥ずかしそうにに、後ろから抱き締めると耳元で甘く囁いた。 ぎゅっと抱き締められ、二人で指輪を見つめる。 書斎の籠った、むっとした本独特の香りが鼻を掠めた。 「………あ、蒼、ご飯は?」 「夕方に一緒に食べよって連絡したよ?」 しまった。全然携帯を確認してない。 時計を見るとすでに19時を回っていた。 「ごめん、何も用意してないや…………。」 「いいよ、もう遅いし簡単な奴でいいなら、僕が作るよ。」 「ありがとう。疲れてるだろうし、俺が作るよ。………本当にごめん。」 蒼の方が自分より何倍も疲れているはずだ。 さすがに簡単といっても、疲弊困憊した身体はゆっくり休めて欲しい。 「いいんだよ、一緒に作ろうよ。」 蒼は気にせず優しく微笑む。 優秀で、料理も出来て、恰好良くて、全てにおいて完璧過ぎて、はたしてこの仲良く並んだ指輪をあげていいのか、少し悩んでしまう。 じっと指輪を見つめながら、悶々と考え顔を顰めてしまう。 「……………蒼、クリスマスまで待てる?」 そう言うと、カプっと首筋を後ろから軽く噛まれた。 「皐月、それは随分長い『おあずけ』だよ。」 「え?」 蒼はひょいと、自分の掌から指輪の箱を奪って取り上げた。 「ね、こっちを向いて。」 低く真剣な甘い声が聞こえた。おずおずと椅子を回転させて振り返ると、蒼は跪いて真剣な表情で顔を見上げている。指輪の箱を横に置き、キラキラと月の光に照らされ、端正整った蒼の綺麗な顔にドキドキと胸が高鳴った。 蒼は指輪の箱から小さいサイズの指輪を一つ手に取る。 そして自分の左手を手に取り、蒼は跪きながら薬指にゆっくりと指輪を着けていった。 まるで求愛するように、愛を誓うような姿だ。 「………………皐月、結婚しよう。」 指輪が指先へはめると、蒼は薬指にキスを落とした。 燐光のような月の光が薬指の指輪を照らし、蒼が優しく微笑んで見つめ直す。 「け、結婚…………?」 驚いて蒼の真剣な表情を凝視し、目を丸くした。 初めて聞く言葉に頭が追い付かず、左手に光瞬く指輪が目に映る。 「うん、結婚して君の家族になりたいんだ。ずっと考えてた。……………嫌?」 蒼は不安そうな顔で、薄緑色の瞳を潤ませる。 嫌なわけない。こんな完璧な男と結婚なんて。 ほっぺたを抓り、夢なのか強い痛みを感じながら確認した。 「これはプロボーズ?」 「…………そうだよ。困ったな、僕にとって初めてのプロボーズなんだけど………。まさか、疑われるとは思わなかった。」 蒼はクスクスと苦笑し、自分の左手の薬指に指輪をはめようとした。 急いでその動きを制止しようとして蒼の左手を掴んだ。 「蒼、それは俺が着けてあげたい。」 慌てて椅子から降りて驚いた蒼から指輪を渡してもらい、掴んだ大きな掌にゆっくりと指輪を着けていく。そして同じように指輪に唇を当てた。 「皐月、ありがとう。すごい、嬉しい。」 「………気に入った?」 蒼は満足そうに指輪を眺めて、隣に寄り添いながら指輪を並べて二人で眺めた。 薄暗い書斎に月の光が降り注ぎ、指輪が煌めいて見える。 「うん。あ……もしかして、この指輪はボブと買いに行ったの?」 急に思い出したように蒼は眺めていた視線を移し、自分をじとっと睨め付けた。 「………1人だよ。」 そう言うとほっと安堵したように蒼は胸を撫で下ろした。 蒼は嬉しそうに笑うと、そっと近づいて優しく唇を重ねた。 「良かった。ありがとう。」 「蒼、好きだよ。」 「皐月、僕も愛してる。」 もう一度キスしようと顔を近づけて、はっと思い出した。 「…………ごめん、蒼はレストランとか、もっとロマンチックな所の方がいいんじゃなかった……?」 困った顔をして言うと、蒼は手を絡めて指輪にキスをした。 「別にいいよ、小説家らしく書斎でも良いじゃないかな。僕はそっちの方がロマンチックだと思う。」 「そうかな?」 「そうだよ、君は小説家だしね。」 「まぁ、一応ね…………。病院よりはマシかな?」 本棚に囲まれた狭い書斎で蒼と自分は顔を近づけ、笑ってキスした。

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