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第25話

小さな集まりと言っていたが、やはり煌びやかで豪華絢爛である事は変わらない。昼間から行われているパーティー会場はロスの高級住宅街の豪邸だった。豪邸と言ってもかなり広く、ホテルのような白亜の建築に圧倒され、天井まで張り巡らされたガラス張りの窓一面からは海がよく見え、まるで城だった。ドレスコードはダークスーツが主で、女性は華やかなワンピースを着ている。 自分は蒼が選んだスーツを着て、並んで立つと隣で上質なスーツを自然に着こなす美丈夫の引き立て役を全うしてる気分になる。 蒼は軽く手を振ると、左手の薬指の指輪が光る。昨日から蒼は上機嫌で、飛行機に乗る時もホテルに到着した時も嬉しそうに何度も指輪を眺めては子供のように喜んでいた。 『皐月、僕は世界一幸せだよ!』 大袈裟に言いながら、新婚夫婦のように昨日から何度も何度も指輪を眺めてはキスをしてくる。子供のように無邪気に喜ぶ蒼に笑ってしまっていた。 「皐月、弟を紹介するよ。」 蒼はニコニコと笑いながら、向こうからやって来る金髪の男に笑い掛けた。 ボブよりも透き通った金髪は綺麗に整えられて、後ろに撫でられていた。 「はじめまして、菫 紅葉(すみれ もみじ)です。兄がお世話になってます。」 蒼の隣にして、恐ろしく美形な金髪の青年が微笑んでこちらを見ている。 瞳はエメラルドグリーンで蒼よりも濃く色づいている。スーツを上品に着こなし、まるで貴族のように優雅な仕草でこちらに手を差し伸べてきた。 「は、はじめまして……。」 蒼も顔立ちは整っているが、紅葉は恐ろしく完璧な容姿をしていた。背は高く、華やかさと優美さを兼ね備えている。そして本人は穏やかに微笑んでいるが、何故かぞっとする威圧感を感じた。 「紅葉、僕ね、皐月と結婚するんだ。」 蒼は何も感じないのか、急に手を絡ませて互いの指輪を紅葉に見せつけた。驚きながら蒼を見上げるが、本人は気にせず普段と変わらない笑顔を浮かべている。紅葉はその絡めた手を眺めながら、穏やかに微笑んだ。 「兄さん、それはおめでとう。祝福するよ。皐月さんも兄を宜しくお願いします。」 紅葉は目を細めてじっと自分を眺めた。 全身を隈なく観察されているようで、蒼と繋いだ掌に汗が滲みそうだった。 「………………は、はい。」 緊張してどもりながら答えると、紅葉は穏やかにまた微笑んだ。 男なのに天使のような微笑みに思わず見惚れてしまう。 「……………兄は子供みたいな所があるので、あまり甘やかさない方がいいですよ。」 紅葉は意地悪そうに小声で囁くように言うと、指輪で喜ぶ蒼を思い出して小さく噴き出すと蒼は頬を膨らませた。 「心外だな。僕はいつだってジェントルマンだよ。」 「はは、蒼、そういう所だよ。」 笑って蒼の背中をぽんと叩いた。 「兄さんはなんか変わったね。良い事だね、昔はもっと冷たかった気がするよ。」 「………そう?皐月のおかげじゃないかな?」 蒼は満面の笑みで紅葉に笑いかけた。 紅葉も蒼の惚気に呆れたのか、大袈裟に肩を竦めた。 「今日満は?」 蒼は笑いながら弟の紅葉に聞くと、急に紅葉の顔が曇り眉を寄せてぶっきら棒に答える。 「京都だよ。時雨に会いに行ってる。」 「………それはご愁傷様だね。僕も京都に行きたいな。」 蒼はニコニコと紅葉の肩を叩いた。確か時雨は蒼の弟で、紅葉の双子の兄だ。 二人が並んで立つと華やかさが増し、周囲の視線が集まる。 何人かが二人の前に現れ、しだいに人が集まっていく。 「………………皐月、ちょっと話してきてもいい?」 蒼は申し訳なさそうに振り返りながら、困った顔をした。 本当は傍にいたいが、蒼の傍にいても話を上手く合わせられず、入っていけない。 「いいよ。端っこにいるから…………。」 大した知り合いもいないので、端のソファでも腰掛けてればよい。蒼と紅葉に人集りが出来ていくのを遠目で眺めながら、ベランダの端へ移動した。ベランダには海を眺めるようにテーブルと大きなローソファが置かれていた。 柔らかなソファに腰を下ろし、シャンパンを口に含む。 潮の香りがして見晴らしは最高だった。 天候も日本より湿気がなく、カラッと晴れて気持ちが良い。 昼間から飲むには文句のないようなシチュエーションに少し気分が和らいだ。 「………………サツキ、君の彼氏は人気者だね。なんだか忙しそうで同情するよ。」 チーズやハムを盛り合わせた皿がにゅっと目の前に現れて顔を見上げる。 「ボブ!どうしてここに?」 ボブが皿とワインをテーブルに置いて、隣に腰掛けた。 ボブもスーツを着こなし、長い脚を組むと一流のビジネスマンに見える。 どの男も毎日スーツを着ているわけでないのに、しっくりと似合っているのがなんとなく納得いかない。 「たまたま知り合いに呼ばれたんだ。ロス知り合いもいるし、折角だからと覗いたら一人寂しく飲んでる君を見かけて驚いたよ。」 「寂しくなんかないよ、暇してたんだ。」 そう言うが、なんのフォローにもなっていない。 煩い人だかりから逃げて、海を眺めながら一人飲んでいただけだ。 「そうか。まぁ僕も同じだよ。あまりこういう集まりは苦手でね。………あ、そういえば指輪買ったんだね。」 ボブが左手の薬指に視線を落とした。やはり指輪は目立ってしまうのか、恥ずかしい。 「うん。あの後、あのお店に行って買ったんだ。素敵な指輪と出会えたよ。紹介してくれてありがとう」 なんとなく黒瀬の言葉が頭に浮かんで申し訳ない気分になりながら、微笑んで見せた。 「……………とても似合ってるよ。結婚は?ボストンは同性婚も出来るよ。」 ボブは赤ワインを一口飲んで真剣な瞳で見つめてきた。 赤ワインは恐らくカルフォルニアワインで、果実味溢れる鮮やかな色が美味しそうに見えたがぐっと我慢した。 「うん、あのさ、実は結婚の約束もしたんだ。向こうはずっと考えてみたいで、昨日プロポーズを受けた。」 薬指を眺めながら、真っ赤な顔で俯きながら呟いた。 そして誤魔化すように目の前の皿からチーズを一個口の中へ抛り込むと、口の中で蕩けるように溶け、白ワインを飲むと美味しさが増した。 確かにマサセッチュー州は同性婚を認めており、街を歩いていても手を繋いでいる同性カップルは多く、日本よりは暮らしやすい。蒼は前にボストンにずっといたいと話していたのを覚えている。確かに昨夜プロボーズを受けたが、詳細は今後の事はゆっくり話し合っていく必要がある。 「……………そうなんだ。おめでとう。なんだか不安にさせるような事を言って申し訳なかったね。君が幸せならそれでいいんだ。」 グラスをテーブルに置いて、ボブは悲しそうに笑った。 「…………いいんだ。俺の方こそごめん。なんかボブに頼り過ぎた気がして、申し訳ないなって反省したよ。」 そう言って、ボブを見つめた。ボストンに来たばかりは蒼に冷たくされて、面識のないボブと会えるのが唯一の楽しみだった。それに甘え過ぎた。 「気にしなくていいよ。それに、いつでも頼ってくれていいよ。抱え過ぎてもダメだ。………そうだ、皐月、明日の予定は?」 明日は蒼とロス市内をぶらぶら探索する予定だ。 「明日は観光がてら、外をぶらぶらするかな?ボブは?」 「……僕は知り合いに会うんだ。サツキと同じ日系人だよ。昔ボストンにいて知り合ったんだけど、今はロスにいるんだ。相談したい事があるみたいでちょっと会うんだ。」 「そっか。ボブはどこまでも優しいね。」 わざわざ相談事を訊きにボストンからロスを訪ねてくるのがボブらしい。 その優しさにボブを頼ってしまう友人の気持ちもなんとなく分かる。 「その優しさが仇となるんだよ。」 ボブはクスクスと笑った。 「皐月、この人は?」 急に背後から蒼の声がして、ボブと振り返った。 一瞬ボブは蒼の顔を見て、驚いたような気がしたがすぐに元の表情に戻った。

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