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第26話
「ボブだよ、たまたまこっちに来てたんだって。」
振り返りながら、蒼の顔を眺めた。
蒼は前髪を分けて後ろに撫でるように整え、我ながら蒼にはべた惚れだが、男の色気を醸し出し、くらくらする程格好良く見える。
「…………ボブ?」
蒼が心配そうにこちらに近寄ってきたので、ボブと下ろした腰を立ち上げ、二人で蒼の傍にかけ寄った。やっと蒼とボブが対面できたと思い、二人を引き合わせようと思うがボブの顔見るとなんだか憂鬱そうに見える。
「ボブ?」
「…………あ、いや。なんでもないんだ。」
心配そうにボブを気にかけるが、ボブは大丈夫だと手で軽く制した。蒼はワインを片手にニコニコとこちらに歩いてくる。
「蒼、こちらがボブだよ。」
「………アオイ?」
ボブは蒼の名前に反応したのか怪訝な顔つきをした。しかし蒼は気づいてないようで、ワインをテーブルに置き、背広を整えると上機嫌でボブに微笑んだ。二人は海を横にして向かい合うように立ち、まるでそれは映画のワンシーンのよう見えた。蒼もボブも身長が高く、すらっと長い脚を伸ばし分厚い胸板がスーツの下からわかり俳優のようだ。
「はじめまして。君がボブか!菫 蒼 、蒼と呼んで欲しいな。皐月が良くお世話になってるみたいだね。」
「……………ええ。はじめまして、ボブです。皐月とは同じ作家同士、仲良くやらせて頂いてますよ。」
ボブはじっと蒼を観察するように見つめながら、丁寧な口調で微笑んだ。その笑みは普段の笑顔とは違う、取り繕ったものに見える。そして口調もどこか棘を感じる。
二人は軽く握手すると、ゆっくりと手を離した。ボブにはボストンに引っ越してからずっと世話になっているので、蒼とは仲良くしてもらいたい。蒼もボブとは上手く付き合って欲しいい。そんな事を思いながら、二人の対面を何故かヒヤヒヤしながら片隅で眺めていた。
後ろではカチャカチャと皿が重なり合う音がして、笑い声が幾度となく聞こえる。
蒼は手を離すと、急に自分の手を絡めて、ボブに絡み合う薬指の指輪を見せつけた。
「そうだ、僕達結婚するんだ。式が決まったら呼んでもいいかな?」
「………あ、蒼?」
驚いて蒼の顔見上げる。
どうしてこうも急にそんな事を言うんだろう。
昨夜プロポーズをしたばかりなのに、パンフレットすら見てないのに急に式の話をされて頭が追いつかない。
「ね、皐月?」
同意を求めるように蒼は子供のように無邪気に笑うが、何故か薄緑色の瞳には仄かに嫉妬が色づいて見え、蒼は手を下げるとぐっと腰を引き寄せてきた。
「…………いや、うん、そうだけどさ……。」
歯切れ悪く答えるが、蒼はニコニコと笑みを絶やさない。
「……………ええ、ぜひ呼んで下さい。喜んで出席しますよ。」
ボブはそう言うと目を細めた。
何故だろう、普段のボブならもっと柔らかい雰囲気なのに蒼の前のせいか、どこか緊張感を感じる。
「………ボブ?」
戸惑いながら違和感を感じ、ボブに視線を移すとボブは少し顔色が悪そうに見える。
「サツキ、ワインを取ってくるよ。アオイさんも何か持ってきましょうか?」
ボブは気を利かせて、ぱっと顔を上げて言った。先程の表情はすでに消えていて、もう元の表情に戻っている。
「ありがとう、僕はまだあるからいいよ。皐月は何か飲む?」
蒼はニコニコと微笑んで、空になったグラスに視線を移す。
「………そうだな、俺もワインでも取りに行ってくるよ。」
「サツキ、いいよ。僕が取りに行ってくる。」
ボブは優しく微笑んで、蒼と自分を残して早足でその場を去った。
「彼、良い人だね。」
残された蒼と自分は互いの顔を見つめ合いながら、隅に寄り指を絡めた。互いの指輪がぶつかりカチッと音がした。
「うん、ボブは優しくてホッとする。」
「…………皐月、僕は?」
蒼は柱の隅に隠れるように腰に手を回して身体を引き寄せ、頬を優しく撫でた。大きく温かい掌に触れると、ゆっくりと互いに顔を近づける。
「……………蒼は世界で一番好きだよ。」
蒼の彫りの深い端正整った顔が近づいてくると、ドキドキと胸が高鳴る。今日はスーツのせいか普段よりも5割増しで格好良く見える。
「善良な答えだね。皐月、愛してる。」
軽く唇を重ね、名残惜しくゆっくりと唇を離す。昨日から焦ったいほどの甘い雰囲気に自分はすっかり酔いしれていた。
「二人とも、お熱いのは程々にね。皐月さん、少し話をしたいから兄さんを借りていいかな?」
不意に背後から弟の紅葉の声が聞こえ、驚いて振り返ると呆れた顔でこちらを見ていた。
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