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第27話

蒼は弟の紅葉に呼ばれその場を離れると、ボブは赤ワインを二つ両手に持ちながら静かに戻ってきた。 「……………サツキは随分愛されてるね。」 ボブは苦笑しつつ、ワインをテーブルに置いて、ソファに腰掛けた。自分もボブの隣に腰を下ろし、柔らかなクッションに身を沈める。 「うん、照れ臭いけどお互いベタ惚れなんだ。……………まぁ、ここまで来るのに三回は別れたけどね。俺は振られてばっかりだよ。」 溜息をつきながら、苦笑した。 蒼には二回振られ、自分は一回振ってる。 好きの度合いは多分、ここで違うと思っている。 思い出すだけでも辛い記憶は今でも胸を痛ませるには十分だった。 「そうなの?」 ボブは驚いた様子で自分を見た。 振り返ると色々ありすぎて、上手く説明もできず、なんとなく目の前のワインに手を伸ばす。 「そうだよ。色々あったけどね…………。」 蒼に振られてから仲直りするまで、刺されたり、記憶喪失に交通事故など碌な事しか無かった。散々だったが、傷つきながらもやはり蒼の元に戻ると幸せな自分がいた。 自分の不運さを顧みつつ、グラスを傾けて赤い液体を口に含む。軽くフレッシュなぶどうの味わいが口の中に広がり、飲んだのが赤ワインだと知る。 ーーーーーーーーーーしまった。 「………あ。…………これ、赤ワインだね。」 呆気なく言葉が口について、ボブと目が合った。 「そうだよ、カルフォルニアワインも他のワインに負けないぐらい美味しいんだ。軽やかで飲みやすいよね。」 ボブはにこっと笑い、赤ワインを手に取り美味しそうに味わう。 確かに軽やかだが、果実味がありとても味わい深い。振り返って、遠目で蒼が紅葉と話しているのを確認する。二人は仲良く談笑しながら、ワイン片手に話し込んでいた。 蒼も傍にいるし、グラス一杯だけなら大丈夫だ。ボブもいるし、嗜む程度にしよう。 そう思って、喉越しグラスを傾けながら飲んでしまう。香りも爽やかで、ぶどうの味わいが良く出てる。バローロとは違う味わいにボブのグラスとともに直ぐに空けてしまうと、運の悪い事にボーイが気が付いて、同じ赤ワインのボトルと適当なつまみを置いて去って行った。 ボブがグラスに赤ワインを静かに傾けて注ぐ。 トクトクと鮮やかな朱色が碧い海をバックに美しく際立たせる。 「………うん、軽めだけど美味しい。」 目の前に広がる鮮やかな海が開放的な気持ちをさらに増すように、気持ちよく風が頬をなでる。 「……………サツキはあの人の過去は知ってるの?」 「え?」 「いや、アオイの過去だよ。気にしないのかな………て。」 ボブの声は歯切れが悪く、気まずそうに聞いてくる。蒼は黒瀬と自分の過去を凄く気にして一悶着あったが、自分はどうなんだろう………。置き換えて考えた事はなく、あまり気にした事がないに気が付いた。 「どうかな…………?蒼の過去はあまり分からないや。」 「…………そうか。彼から聞かないの?」 「うーん、今度聞いてみようかな。でも嫉妬してしまったら、なんだか変だよね。」 呑気に赤ワインを飲みながら考えた。 前に指輪の話をした時に蒼に軽く濁されたのを思い出す。過去の恋人達を聞いて想像してしまうと、どうして蒼が自分を選んだのか不思議に思いそうだった。大した取り柄もなく、蒼のように完璧とは言えない自分に対して、過去の恋人達の方が眩しく見えるのは確実に予想は出来る。 そして蒼は一目惚れだと言い張るが、未だに蒼が自分に惚れた理由は一切教えてくれないのだ。随分前に蒼と昔から仲が良い弘前に『確か、皐月は何かに似てるんだよね………。』と言われたが、結局弘前が酔っ払って思い出せないまま終わった記憶がある。 「サ、サツキ……?」 いつの間にか身体の力がふわふわと抜けていき、瞼が重くなり眠たくなってきた。少しだけボブに寄りかかり、赤ワインを飲み続けてしまっている。 まだ、酔ってないと思いつつ隣のボブの高い体温が心地良く伝わり、波の音が薄らと聞こえ、手を伸ばして赤ワインのボトルをお互いのグラスに注ぐと突然横から手を掴まれた。見上げると蒼がその動きを制していた。 「皐月、飲み過ぎだよ。」 「あ、蒼?」 穏やかに微笑みながらも声は低く、その瞳の奥は少し怒っているように感じた。蒼はその手を下ろすと腕を伸ばして、横抱きするようにひょいと自分を抱き上げた。 「…………ごめん、ボブ。皐月飲み過ぎたみたいなんだ。お暇しても大丈夫かな?」 驚きながらも既に微睡んでいる瞼は閉じかけている。 蒼の熱い体温を胸元で感じ、蒼とボブが話しているのを聞き耳を立てる。 「ごめん、僕が飲ませ過ぎたね……。余計な事をしちゃったな。………アオイ、サツキが本当に好きなんだね。これからも、もっと大事にした方がいい。」 「勿論だよ。皐月は僕の恋人だからね。」 蒼の穏やかな低く甘い声が聞こえ、ボブの真剣な声も聞こえる。 「………サツキをあまり、不安にさせないで欲しい。これからもずっと………。」 ボブの真剣な声の中になぜか怒りが混じっているように聞こえた。 「そうだね、そんな事はもう二度とさせないよ。君にもそんな恋人が出来ればいいね。…………今日は会えて嬉しかったよ、ありがとう。それじゃ、また会おう。」 蒼の淡々とした声が消えると、身体が揺れるのが分かった。蒼の鼓動がトクトクと耳元で聞こえ、瞼が落ちる。ゆらゆらと抱き抱えられながら、心地良い振動に身を預けそのまま眠ってしまった気がした。

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