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第30話
ぐったりとしながら、蒼の大きな掌に自分の掌を重ねる。
すると薬指の指輪が重なり、二人とも深く結ばれたんたじゃないかと錯覚してしまう程幸せだった。あれから二人でまたシャワー浴び、さらに求めてくる蒼を宥めてやっと身体を休められた。
身体を横にして重なり合うようにして、指先を見つめる。
背中からトクトクと蒼の鼓動が響き渡るように聞こえた。すっかり日も暮れて夜中になってしまった。軽食を食べたせいか、まだお腹は空いておらずぼんやりとホテルの室内を眺める。
別にこじんまりとした部屋でいいのに、蒼は張り切ってスイートを2泊も予約し、豪華な部屋に圧倒されたがずっといるのはベッドの中という理不尽極まりない気持ちになる。ハネムーンでもないのに、すっかり蒼はハネムーン気分だし、ずっと求められ続けられると、身体が持ちそうにない。溜息をつきながら、瞼を閉じる。
ふとボブの言葉が頭に浮かぶ。
『いや、アオイの過去だよ。気にしないのかな………て。』
ーーーーーーーー蒼の過去。
どうしてボブは急にそんな事を言うのだろう。
普段のボブはそんな後ろ向きな話題はしない。
それに顔色もなんとなく悪かった。無事にホテルに着いていたらいいのだけど………。
蒼の過去なんて聞く機会もなく、散々黒瀬で揉めてやっと乗り越えた。
蒼が桐生や黒瀬の事を受け止めてくれたおかげで、今がある。
自分も蒼の過去を受け止めなければならないのだろうか………。
「…………俺以外に好きな人いたんだよね。」
何気なく考えていると、不意に頭の中の言葉が口に出てしまった。
「皐月?」
蒼は眠たそうな声で甘ったるく名前を呼んだ。
後ろからぎゅっと横になったまま、抱き寄せる。
引き締まった胸板が背中に当たり、蒼の熱い体温を感じるた。
「ごめん、起こしたね。……………蒼の付き合ってきた人達の事を考えてた。」
キラッと2つの指輪が光に反射して瞬くのを横目に、張り付いた喉を動かした。
訊きたいようで、知りたくないような変な気分になる。
「知りたい……?」
蒼は抱き寄せながら、低い声で囁く。
その声はどこか重く真剣だった。
「うん……。」
話題が触れると、どうしても気にはなってしまう。
人間とはそういう性分なのかもしれない。
「………………………亡くなってるよ。」
「え?」
一瞬頭が追い付かなかった。
亡くなってる?
「うん、2年ほど付き合ってたんだけども、ちゃんと付き合ったのかも自信なくてね。隠れて会ったり、すれ違ったりでお互い幼かったのもあるのかな………。それでもとても好きだったよ。若かったから愛することすらわかってなくて、若気の至りだったのかな。もっと大事にしてあげたかったと今でも思う。………でも急に向こうが音信不通になって、…………探したんだけど全然見つからなくてね。僕も若かったし、どうしようもできなかった。……それで暫くして噂で亡くなったて聞いたんだ…………それから最低だったかな。」
歯切れ悪く蒼はゆっくりと話した。
前に弘前が蒼は来るもの拒まずの時が一時期あったと心配そうに言っていたのを思い出した。
ただ誰かと長く付き合っていたとは聞いてない。
深くは訊けず、なんとなくやり過ごすように答える。
「…………ごめん、蒼。」
「いいんだ。もう乗り越えたし、今は皐月がいる。」
蒼は首筋に顔を埋めた。蒼の柔らかな黒髪が首筋を擽り、こそばゆくて肩を上げる。
「どんな人か聞いていい?」
「…………うーん、そうだな。明るくて、素直で、皐月とは真逆かな。」
蒼は言いたくなさそうな、困った声で言った。
「…………真逆。」
明るくて、素直という自分には似つかわしくないワードがぐさぐさと胸を刺す。
確かに自分はぱっと明るくないし、素直でもない。
長年黒瀬と付き合ってきた弊害が、結果として表われている。
「皐月はちょっと捻くれてるし、少し後ろ向きだからね……………。」
それはちょっとでも、少しでもない。かなり性格は歪んでいると自分でもわかる。
蒼はオブラートに包んで言うが、言われた本人は嬉しくない。
「蒼、それは褒めてない。よく分かってるよ。」
ぎゅっと重ねた掌を軽く抓る。
「はは、ごめん。でも君の一途な所が一番好きかな。あとは……うーん…………。」
蒼は急に考え込む。
他に良いところが自分にはないのだろうかと少し不安になり日頃の行いを反省しそうになる。
黒瀬にも説教を垂れてられていから、自分の性格を直したいと日々感じてしまう。
だから一途と訊いて、自分がそんな殊勝な性格でないと疑問に感じる。
「そんなに、一途かな?」
「皐月は一途だよ。君が桐生君を待っていた所とか、黒瀬さんと長く付き合って想い合ってたのが羨ましかったんだ。昔はあんなに一生懸命に恋して愛せるなんて、僕にはできなかったから、………後悔してるのかな。」
単純な自分は気恥ずかしさを感じ、蒼の指先を絡めた。
「俺はいつも後悔だよ………。」
黒瀬の時も桐生の時も、蒼の時ですらひたすら後悔した。
別れたことも、大切にしなかった事も、もっと言葉にして想いを伝える事も全てやれば良かったといつでも後悔している。
「そう?皐月は僕と付き合って、後悔してる?」
蒼は意地悪そうに首にキスをした。
チュッと音がして甘い痺れが走る。
「してるよ、こんなに厭らしいなんて思わなかった。」
「あはは、ごめん。君が魅力的だからだよ。」
笑ってぎゅっと抱き締めると頬に軽くまたキスされる。
一糸纏わらない身体が甘く疼きそうになる。
「………………蒼はその人が生きてたら、後悔する?」
何も考えずに、ついそんな事を言ってしまった。
「…………………そうだな、…生きてたら……」
ギュッと肩を抱き締められ、小声で微かに呟くように聞こえる。
ーーーーーー生きていたら…………?
「蒼?」
「ううん、皐月は長生きして欲しいな。……………あと、もう急にいなくならないで欲しい」
「はは、俺、失踪癖あるからね。」
笑って言うと蒼は頬を膨らませて、肩に顔を乗せてくる。
子供のような仕草に愛しさが湧き上がる。
「皐月、僕は真剣に言ってるんだよ。」
「ごめんごめん、いなくなる時はちゃんと伝えるよ。約束する。」
ぎゅっと絡めた指先を握り締めると指輪がカツンと当たったような気がした。
甘く蕩けるような雰囲気にすっかり二人とも酔いしれている。
「駄目だよ、そんな約束二度としない。」
蒼は怒ったように耳朶をがぶっと噛んだ。
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