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第34話

ホテルに戻ると飲み過ぎたのか、ベッドに倒れ込んだ。身体が沈んでいくように感じ、ゆっくりと歩き疲れた足を伸ばした。ボブからはまだメールの返信はこない。横になりながら携帯を眺めると、担当者からの叱責メールを何通か受信していて、開かないうちにすぐに眠ってしまいそうになる。 さすがに昼間からビールを沢山飲んで、街を徘徊するように歩いたせいか疲れがどっと押し寄せてくる。ぐったりとベッドに身体を預けながら微睡ながら瞼を閉じると、蒼が浴室でシャワーを浴びている音が心地良く聞こえた。 携帯を握りしめ、ぼんやりと今日の朝を振り返った。 自分以外の人間に必死になる蒼を初めて見た。 気のせいか、蒼はユーリを優しく抱き締めて、瞳はまるで愛しさで溢れていたような気がする。何年ぶりの再会だったのだろう……とぼんやり考えた。ユーリは色白で、微笑むと儚げに映り、男の自分でも綺麗と思った。性格も柔らかく、ボブの従兄弟なら真面目で申し分ないのだろう。まさか、たまたま入ったカフェで出会うとは運命的だと関係ない自分でも思える。 白い砂浜と青い空の下、運命の再会を果たすなんてロマンチックで羨ましい。 自分はそんな運命的な再会などあったのだろうか。 蒼と別れては刺されて、事故に遭い、碌な事がなかった。運命的というか、必然的にそうなっているような気がする。 自分の不運さに呆れながら眠っていると、蒼が夢に出てきた。 それはユーリに似た薄汚れたシンデレラが古ぼけた写真の中にいた。 魔法がかけられるとユーリは写真の中でさらに美しくなる。目の前でガラスの靴をピッタリと合わせると、ユーリは蒼と似た王子様と手をキスをして去って行った。ふざけた茶番だった。自分でもこんな馬鹿げた話は書かない。 くだらない夢を延々と見せつけられて、うなされながら起きた。 目が醒めると、誰もいない事に気づいてベッドから起き上がる。蒼の姿がない。 「ーーーーーーー蒼?」 蒼の名前を呼ぶが、何処にも応答が聞こえない。 手にしていた携帯を見ると、ロック画面にボブからの返信内容が映し出されている。 真夜中にユーリの電話番号とメールアドレスが送られていた。 それを眺めながら、ベッドから降りて蒼を探した。浴室にもおらず、荷物もそのままだ。 散歩でも出かけたのだろうか。 時計を確認するとまだ5時だった。朝日が顔をだし、仄かに明るい。10時にチェックアウトして12時のフライトでボストンに帰る予定だ。 なんとなく、心配になり蒼の携帯へ電話をかける。発信音だけ鳴り響き、一向に電話にでない。携帯は部屋で鳴り響くわけでもないので、恐らくもってはいるのだろうにどうしたんだろう。バクバクと心臓の鼓動が高まり、嫌な予感がした。 事件に巻き込まれたのだろうか………。急に心配になり、どうしようか悩んだ。 不意にボブの顔を思い出して、携帯に手を伸ばした時、部屋のドアがゆっくりと開く音がした。ひたひたと静かに足音を忍ばせて、こちらに向かってくる蒼がいた。 軽装でジャケットを羽織り、自分をみるとびくっと身体を揺らし、驚いた顔をした。 「蒼!どこ行ってたの?」 「…………起きてたんだ。」 蒼は小さく呟くとぎゅっと自分を抱き締めた。 急に抱き締められて驚きながらも、蒼の広く逞しい背中を優しく撫でる。 「どこにもいないから、心配したよ。怪我してない?」 優しく蒼を撫でながら、声をかけて微笑んだ。 蒼が無事である事を確認し、ほっと安堵する。 事故に巻き込まれたと心配し、生きた心地がしない。アメリカは日本と違い、銃社会で犯罪も多い。何かあればすぐに警察が解決してくれるわけでもない。 「皐月、ごめん。…………ごめん。本当にごめん。」 蒼は強く抱き締めて、何故か何度も謝るとぎゅっと胸元に顔が押し付けられる。 顔を見上げると涙ぐんで今にも泣きそうだった。その役目は心配していた自分なはずなのに、どうして蒼が悲しそうな顔をするのか理解できなかった。 「……く、苦しいよ。蒼、身体冷たいけど、シャワー浴びよう。」 蒼の冷たい身体が心配になり、浴室を眺めた。 「……………皐月ごめん。本当にごめん。」 「いいから、ほら……!」 大きく重たい身体を押して、浴室に押し込むと、蒼は自分から身体を離して、とぼとぼと浴室に入りドアを閉めた。 すれ違いざま、蒼の香りが海の潮風の香りと仄かに違う香りだと気づく。 「………蒼?」 振り返って蒼を見ようとすると、すでに浴室に入ってしまいシャワーが勢いよく流れ落ちる音がした。 ホテルのシャンプーとは違う、仄かな柑橘系の香りはどこかで嗅いだことのあるような気がしたが、思い出す事が出来ない。とりあえず無事蒼が帰って来ただけでも良かったとほっと胸を撫で下ろした。 軽くシャワーを浴びたのから、蒼はすぐにバスローブを着て浴室から出てきた。蒼のはだけた胸から濃いキスマークが無数に見える。 「………皐月?」 蒼は不安げに真っ赤になっている自分の顔を見つめた。 胸元の濃く色づいた場所を指差す。 「………蒼、ごめん。」 「え?」 そう言うと蒼の顔は急に青ざめた。 さーーーと血の気が引くように、蒼は固まる様に佇む。 その様子を申し訳ないなと思いながら、少し笑って言った。 「いや、ここにキスマーク沢山つけちゃったなって……。明日も仕事なのに、申し訳ないや。今度から気をつけるね。」 蒼は指摘した濃い痕を見つけるとぎょっとして、直ぐにバスローブで隠した。 昨夜は赤ワインを飲んだせいもあり、無我夢中で蒼にしがみついた記憶がある。 何度も唇を合わせて、身体を重ねると何度も果てた。思い出すと照れてしまい、身体が熱くなりそうだった。 普段手術着で着替える機会もあるので、痕は蒼につけないように注意していたのに、久しぶりの旅行で気持ちが高揚してしまっていた。 「……………いや、いいんだ、皐月。…………ごめん。少し寝てもいいかな?」 蒼はほっとしたように息を吐いて、ふらふらとベッドに入る。 「うん。ゆっくり身体休めなよ。…………俺もちょっとシャワーを浴びようかな。」 蒼は優しく微笑むとすぐにベッドに横になり、そのまま瞼を閉じた。 何処に行ってるのかも聞けず、そのまま起こさずにそっと浴室に入り、シャワーを浴びようとした。 裸になりながらお湯を出すと、勢いよく冷たい水が出てきて驚いた。 まさか蒼は水のままシャワーを浴びたのだろうか、蒼が少し心配になった。

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