37 / 85

第36話

黒瀬と新緑に満ちた公園を出て、本屋まで途中一緒に歩いた。 平日の昼間のせいか、ビジネスマンが多く行き交う。学生も多いが、ボストンはスーツ率が高い。 信号機にさしかかり黒瀬より少し前に出て待つと、蒼らしき人物が見えた。そしてすぐに目の前が真っ暗になった。 何が起こったのか分からず、一瞬パニックになりそうだったが、それが黒瀬の手だと直ぐに分かると怒ったような声が自然とでる。 「…………………く~ろ~せ~!」 黒瀬が自分の目を覆って、目隠しのように隠している。子供じみた事をしてすぐにちょっかいを出す黒瀬に舌打ちした。 「ごめんごめん、眩しいかと思ってさ。」 悪びれる事のない黒瀬の声が後ろからした。 その声は軽快で、調子が良く普段と変わらない声だった。暫く目隠しされ、顔を振って黒瀬の手をよけると蒼に似た人物はいなくなっていた。心なしか蒼似た人の隣に誰かいたように見える。だが蒼は今日も仕事だと言って、朝早く出て行った筈だ。 「そんなに眩しくないよ。」 確かに陽は射しているが、真夏ほどギラギしていない。今日も程よい晴天で、気持ちの良い天気だ。 「あ、そうだ!皐月、来週一週間空いてる?」 黒瀬は急に話題をかえて、思い出したように訊いてくる。締切も無事終わり、蒼も休みを言ってこないとので暇といえば暇だった。 信号機が変わり、黒瀬と並んで歩く。行き交う人が楽しそうに話し笑ってすれ違っていく。 「………空いてるけど、変な事なら参加しない。」 「変な事なんてしないよ。僕が出張で一週間いないんだ。それでちょうど悠を連れて行こうと思ったんだけど、行きたくないって駄々こねられちゃってさ………。秘書も連れて行くから、君が一週間、悠と過ごしてくれると助かるんだけど、留守番頼めないかな?…………無理を承知なんだけどお願いできる?ね?」 信号機を渡り切ると道路の隅に寄り、黒瀬は申し訳なさそうな顔で手を合わせて、上目遣いで見上げてきた。 その顔は昔散々騙されてきた顔だ。 そして可愛い悠の為なら、絶対に断らないのを知っていてこの仕草だ。 あざとい黒瀬に嫌々ながら、小さく頷く。 「………いいよ。バイト代弾むなら……。」 「勿論だよ!皐月、ありがとう。」 ぎゅっと黒瀬は自分を引き寄せて抱き締める。 溜息をつきながら、身体を押し戻した。 「…………誤解されたくないから、やめてくれ。…………たく、調子が良すぎる。悠の為だからな。」 悪態をつきながら苦笑すると、黒瀬もまた笑った。蒼の事で悩んでいた事が嘘のように忘れてしまいそうだった。

ともだちにシェアしよう!