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第40話

昨日の蒼との会話を思い出しながら、本屋で黒瀬の息子である悠の絵本を選び、ぶらぶらと店内を歩いていた。来週会う時に何冊かプレゼントしようと思っていた。既に持っている本を事前に黒瀬からリサーチはしている。バイリンガルで育つ悠は日本語と英語をマスターしつつある。可愛らしい悠を想像しながら、本棚を眺めると日本語のものはなく、英語の絵本が所狭しと置かれている。手に取り絵をよく見ると、自分でもよく知っているものが何冊かあった。 昨日は一緒にお風呂に入り食事を取ると、寝室に移動した。ベッドに横になりながら蒼と並んで本を読んでのんびり過ごした。蒼は専門書を読み、その隣で自分はボブから借りている本を読む。久しぶりに蒼とじっくり時間が取れた事を嬉しく思いながら、ふと昼間に約束した悠の事を思い出して声をかけた。 「蒼、あのさ………。」 言いかけて、蒼の手がピタリと止まる。 「…………どうしたの?」 蒼は顔を上げ、ちらっと自分を見た。その顔は普段と変わらない。 「………黒瀬が出張で1週間不在でさ、悠の世話を頼まれたんだ。………その、出来れば黒瀬の家に1週間ほど留守番したいんだけど…………。」 「………それって黒瀬さんの家に泊まるってこと?」 「………うん、プリスクールが黒瀬の家から近くてお迎えがそっちの方が楽なんだ。それに悠が住み慣れてた方が良いかなて思ってさ。ここから通うと時間がかかるし、朝早いのもなんだしね……。」 元恋人という事もあり、初めは悠を預かろうとしたが、黒瀬の家から悠のプレスクールが近い事や、悠の気持ちを考え、黒瀬の家に居候する事が有意義だと思った。最近夜遅くに帰る蒼を思うと、朝慌ただしく悠と家を出て行くのを想像し、どうしても躊躇してしまう。 「……………そっか。1週間も彼の家にいるの?」 蒼は不安そうな瞳を向け、本を閉じる。 題名を読もうとしても専門用語すぎて分からなかった。表紙の絵から心臓が描かれており、医学書のように感じた。 「何かあれば直ぐに戻ってくるし、ほら、蒼も久しぶりにゆっくり一人で過ごしてもいいかなって……。」 嫌がって拗ねると思いきや、蒼は困ったような顔をしていた。慌てて、すぐ謝る。 「ごめん、ちゃんと蒼に相談してから決めればよかったね。………次から気をつけるよ。」 前も同じような事をしていた気がして、自分の反省の無さを思い知り謝る。 「…………分かった。皐月一人?」 蒼は特段怒る事なく、そんな事を聞いてきた。 「うん、そうだよ。黒瀬もいないし、悠だけだから浮気とかないから大丈夫…………。」 信用して欲しいと小さく呟きながら、蒼の手を撫でる。自分の薬指だけ指輪が光って見えた。 蒼は「そっか…。」と納得したように言うと、また本を手に取り読み始めた。どこか浮かないような顔をしていたのを覚えている。その後は黙々と二人で本を読んで、いつの間にか自分は眠りについてしまった。 朝起きると、蒼は普段通りの表情に戻り早々と出勤した。そして残された自分は、まさかまだ黒瀬の事でヤキモチ妬いてるんじゃないかとか、流石に元恋人の家に1週間も留守番するのは非常識だったろうかと今更ながら悶々と考え始めてしまっている。自分も蒼に相談した上で、決めれば良かったと常々反省してしまうのだ。 絵本を手に取りながら、もやもやする頭を抱えながら溜息を小さくつく。すると、ふいに足が蹌踉めいてしまい、隣にいる客にぶつかった。すぐに頭を下げて謝る。 「………!………す、すいません。」 「…………あ、いえ………あ。」 左手の薬指の指輪が見えて顔を上げると、その人物はユーリだった。

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