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第41話

「ユーリさん!お久しぶりです。」 微笑みながら挨拶すると、向こうは気まずそうに、軽く頭を下げた。長い睫毛が陰を作り、顔は色白く相変わらず線が細く見える。ロサンゼルスの白い砂浜と違って、本屋の蛍光灯の灯りの下はユーリの儚げな表情をより際立たせた。 「………お久しぶ……り…です……。」 ユーリはゆっくりと顔を上げると、大きな瞳は潤んで今にも泣きそうだった。 ぎょっとして青白いユーリの顔を覗き込む。 「だ、大丈夫ですか?……………あの、もし良かったら、一緒に隣のカフェで少し休みましょう。ここだと人は多いし………。」 店内は少し客足が多くなり、混み合っていた。 前回ボブの隣でもユーリは顔色が悪そうだったので、体調が心配になる。 ユーリ背中を優しくさすり、レジに視線を向けると数人客が並んでいた。 悠へのプレゼントは今度、一緒に買いに来たらいい。 本人に好きな本をセレクションして貰うのがベストだと判断した。 「………あ、いえ………。」 自分の言葉に躊躇しながら、ユーリは考え込むように表情が暗くなった。 さすった背中がやけに細く感じ、どんどんと心配になる。 手にしていた絵本を元の場所へ戻して、ユーリの顔を確認しながら微笑んだ。 「はは、そんな怯えないで下さい。少し休んでいきましょう。」 そう言って、ユーリを連れて本屋を出ると隣のカフェに入った。 カフェに入ると、隣の本屋とは対照的に客足は少なかった。 クラシックな店内はお茶や珈琲を楽しむ客が数人おり、甘い香りと芳ばしい香りが鼻を擽る。 体調が悪そうなユーリを先に座らせて、珈琲とアイスティー、ビスケットも注文する。飲み物とビスケットを受け取るとユーリの前の空席へ腰を下ろした。ここのビスケットは生地に甘いリコッタチーズクリームが入っていて気に入っている。 「少し楽になりました?…………心臓が悪いんでしたっけ?」 ユーリの目の前に冷えたアイスティーのグラスを置いて、心配そうに声をかけた。 潤んだ瞳で自分を見上げ、ユーリはじっとこちらを見つめる。 「…………………今度、手術を受けたいと思ってボストンに来たんですけど……。」 なにか言いたげな雰囲気だった。 ボストンは信頼の厚い病院が多く、非常に優秀な人材と高度な技術が集中している。 「 …………そっか、大変ですね……………。今はホテル暮らしですか?」 上手く言葉が浮かばず、励ましにもならない事を訊いた。 「………………今はボブの所にいます。…………皐月さんは蒼と一緒に住んでるんですか?」 ユーリは今にも泣きそうな顔だった。 冷えたアイスティーを持つ左手の指輪の石が瞬くように見える。 「そうですね。……蒼は最近、心臓の医学書のような本ばかり読んでるし、なんだかいつも疲れてて、ちょっと心配してるんです。」 少し困ったように言うと、ユーリは益々傷ついたような顔をした。 珈琲を飲むと胃がキリキリとするような感覚がした。 「………そうですか。仕事が忙しいのかな………。」 ユーリは俯きながら、目を伏せてストローでアイスティーを飲んだ。 表情は分からない。自分はお気に入りのビスケットを一口齧る。 「あ、ここのビスケット美味しいんですよ。食べて下さい。」 小腹が空いてないかと心配になり、ビスケットを用意したがユーリは口にしなかった。 他にティラミスも美味しいと評判なので、選択をしくじったと少し後悔した。 「………ありがとうございます。」 「はは、ティラミスも美味しいんですよ。蒼がよく食べてたから、味は保証します。」 テイクアウトで持って帰ると、蒼が美味しいねっと言いながら食べている様子を思い出してしまい少し笑ってしまった。するとユーリは顔を上げた。 「……………あのっ………。」 ユーリはなにかを言いかけた瞬間、急にユーリが視界から消えて目の前が真っ暗になった。 「皐月!」 すぐに耳障りな声と予想できる人物像が想像できた。 「……………げ」 散々気安く触るなと伝えてくるのに、スキンシップが激しい黒瀬の手が視界を覆っていた。 ぶんぶんと顔を横に振って、黒瀬の手を振り払うと図々しく黒瀬は自分の隣の席に座る。 「ここ良い?……え、なになに喧嘩してた?」 しんみりとした雰囲気を黒瀬はぶち壊し、にこにこと笑いかける。 なにか言いかけたユーリは静かに口を噤んだ。 「…………喧嘩してないよ。ユーリさん、ごめん。腐れ縁の友達なんだ。早く縁を切りたいんだけど、全然切れなくて困ってる。」 呆れながら黒瀬を横目で眺めると、一応スーツは着ていた。 仕事中なのか、散歩しているのか黒瀬の仕事ぶりが少し心配になる。 「酷いなぁ。僕はずっと結ばれたいと思ってるけど?」 「……………煩い。変な事言うと、もう頼み事訊いてやらないからな。」 へらへらと笑う黒瀬を睨み付けて、ぬるくなった珈琲を飲んだ。 黒瀬はビスケットを口に含んで、ぱりぱりと食べ始める。 「で、皐月、この綺麗な人は?」 黒瀬ユーリを確認すると、にこっと優しく微笑みかけた。 「はいはい、蒼の大学の友達だよ。ユーリって言うんだ。…………手を出すなよ。俺と違って、蒼の大事な友達なんだから。」 そう言って、mだビスケットをひょいひょいと口に運ぶ黒瀬の掌を軽く抓った。 「…………いたっ………出さないよ。………皐月と似てないし、性格も全然違うじゃないか。」 「は?」 一瞬なんでこんな事を言うんだろうと黒瀬の顔を凝視した。

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