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第47話

「…………皐月、荷物多すぎじゃない?」 黒瀬に家に行く為に、トランクに荷物を詰め込んでいると、蒼が監視員のように後ろから詰め込む荷物をじっと確認してくる。さっきからずっとこうだ。 「…………別に黒瀬のシャツ着ても良いなら、荷物を減らすけど。それか黒瀬に服を用意して貰う?」 振り向かずに集めた荷物をトランクにどんどん詰め込む。別に怒ってるわけでもなく、1週間分の荷物となると意外と量は多く嵩張る。 「それは………………。」 蒼は何かを想像したのか、心底嫌そうな顔が横目で見えた。 「いくらなんでも、蒼も元恋人のモノなんて身につけて欲しくないよね?」 ニコッと振り返って、左手の薬指を確認すると今日は指輪をしている。 「そうだけど………。」 蒼は悲しげな顔になる。 「あ、そうだ。これも入れなきゃ。」 立ち上がって引き出しから出す。 重要な物はいつもここに保管している。 「……………パ、パスポートまで持っていくの?」 蒼はぎょっとして、トランクのポケットに入れたパスポートに目を留めた。 「そりゃあ、何かあれば携帯しておかないと困るからね。…………そのまま日本に帰った方がいい?」 笑いながら言うと、蒼は今にも泣きそうな顔になるのが分かった。 「…………ちゃんと1週間後には帰ってくるよね?」 蒼は眉を顰めて、心配そうな視線を送ってきた。そうだなぁと呟きながら、考えるフリをわざとらしく演じた。 「うーん、黒瀬の家は本棚も充実してるし、お酒も沢山あるし、悠もいるから、居心地が良すぎて長居するかも知れないね。」 意地悪そうに言って、黙々とまた荷物を沢山詰め込んでいく。とは言っても、服と本、パソコン、パスポートさえあればこの家の自分の荷物は特にない。蒼もそれを知っている。 「…………念の為、黒瀬さんの番号と住所教えて欲しいな。」 「黒瀬の?」 「うん、君が心配なんだ……………。」 横目で見ると、蒼は縋るような顔をして見つめてくる。 「分かった、メールで送っておく。でもそんな心配する事ないよ。黒瀬の家はセキュリティも抜群だし……。」 言いかけて、黒瀬の家を思い出す。前に悠と遊んだ帰り際に見た事がある。 黒瀬の家はドアマン付きの高級アパートメントだ。セキュリティが高く、家の前で屈強で強靭な肉体を持つスーツを着たドアマンがいる。 「でも、心配だよ。」 蒼はそれでも食い下がってくるので、溜息をつきながら言った。 「…………………蒼は何か心配する心当たりでもあるの?」 小さく溜息をついて、振り向いて蒼の悲しげな顔をみつめた。 「……皐月……………。」 「……話せないなら、また今度聞くよ。」 何か言いたそうな蒼を嗜める。 今がそうでなければ、機会を待つしか無い。 「………いや、今話すよ。……………皐月、ごめん、事情があってユーリと付き合ってる。君を傷つけると分かって、黙ってた。ごめん。」 蒼は躊躇いながら傍に寄り、頭を下げた。 「………それって、キスとセックス込みてこと?」 蒼は頑なに首を横に振った。 「それはない。」 はっきりとした口調だった。 「じゃあ、お揃いの指輪をして、キスマークをつけ合うてことかな?」 そう言うと、蒼は顔を顰める。 そんな顔をするならしなければ良いのに。 恨めしく思いながら、蒼を見た。 「…………僕はユーリには触れてないよ。形だけだ。信じて欲しい。」 蒼は薄緑色の瞳を潤ませて、誓うようにこちらを見つめてくる。 「……………蒼、何か事情があるの?」 荷物が散乱した部屋で、自分は蒼に詰め寄るように近づく。 「ごめん、ユーリに手術を受けて欲しくて、見捨てる事もできずに上手く断れなかった。形だけでも傍にいて欲しいと頼まれたけど、彼は本当はボブが好きなんだ………。」 蒼は真剣な声で言う。 その言葉を聞いて、じっと瞳を見た。 何も言わず静かに傍に寄り、ギュッと蒼を優しく抱き締めた。 「………………。」 何か言おうとしても言葉が出ない。 自分も蒼に黒瀬を重ねていた。身代わりのように想われる辛さが身に染みるように分かる。一目惚れなんかじゃない、ユーリを重ねていただけだったんじゃないか。 「皐月、信じて。…………最低な事をしたのは分かってる。でも、君への気持ちは変わってない。今でも愛してる。」 「……………うん。」 ただ、短く頷いた。 蒼は不安そうに見つめてくるのがわかる。 「……皐月………。」 僅かな沈黙が二人をさらに不安にさせているような気がした。 「……蒼バレバレなんだよ。指輪とキスマークなんてすぐ分かるよ。そわそわしてるし。………………でも、なんだか浮かない顔するし、心配した。何か事情があったりするのかなて悩んでたんだ。」 「………君を守りたくて黙ってて、ごめん……。」 「蒼、それは守ってないよ。………ボブから少し聞いたけど、結局は俺を信じてないのと同じだ。」 抱き締めながら、顔を見上げた。 蒼は傷ついたような顔が瞳に映る。本来ならば逆だ。 「………ごめん、また君を傷つけた。」 蒼は背中に腕を回して抱き締める。 二人で抱き締め続け、少し笑ってしまいそうになった。 「…………蒼、さっきは意地悪言ってごめん。」 蒼のマスクの香りがして、広い胸元に顔を押しつける。やっぱりこの香りが一番好きだ。 「本当にごめん。日本に帰らないで欲しい。」 見上げながらゆっくりと瞳を閉じると、微かに唇が触れる。薄目で蒼の顔を眺める。 「……………ユーリが好きなら、俺は身を引くよ。蒼の幸せが一番だから。俺はユーリの代わりなんだよね?」 蒼は顔を離すと懸命に首を横に振る。 「身代わりじゃない。皐月が好きだよ。愛してる。…………そんな悲しい事を言わないで欲しい。」 蒼がさらに腕の力を強め、温かい温もりを感じた。 「………夜が遅いのは?」 少し笑いながら聞く。 蒼は真剣な顔をして言った。 「図書館に論文データを調べてたんだよ。他にアプローチがないか探ってた。」 蒼は眉を顰めて、深刻な顔をした。 ボブと同様にあまり良くない兆候なのはわかる。 「………分かった。ごめん、蒼。少し時間が欲しい。…………それと、ちょっと余計なお節介妬かせてもらっていいかな?……あのさ……。」 困った顔で蒼に黒瀬に頼んだ事を打ち明けた。

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