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第48話
「ーーーーーサツキ、次はこれを読んで!」
悠の部屋で膝に乗せながら絵本を読んでいた。
違う家のシャンプーの香りが自分からもして、変な気分になる。
黒瀬の出張から数日が経ち、明日で終わりを迎えてしまう。
食事や家事はハウスキーパーが用意してやってくれてるので大変助かった。朝、悠を起こして、用意されている食事温め、歯磨き、着替え、お見送り、昼間は仕事、夕方にはお迎えがあっという間にくる。そして一緒に遊んで、ご飯を食べてお風呂に入れば絵本を読んですぐに就寝だ。食事を作らないだけまだマシだが、あっという間に時間が過ぎていく。
慌ただしさが、憂鬱な気分を消し去って日々程よい疲労感を感じていた。
「うん、この絵本だね。」
優しく微笑んで次の絵本を手に取る。
悠の部屋は可愛らしい壁紙に飛行機や電車、絵本が並べられ黒瀬の愛情が微笑ましく見えた。
黒瀬も忙しいのに、時間を割いて悠との時間を大事にしているのがここ数日よく分かった。
悠はしっかりとして賢いがよく甘えてきてくれて、可愛かった。
公園で遊んだり、絵本やお絵かき、映画など色々遊んだりして楽しかった。
素直で無邪気な悠に癒され、数日前の嫌な事を全て忘れてしまうくらいだった。
絵本を読み終わり、悠を寝かしつける。
子供用ベッドだが、悠にせがまれるとたまに横に寝ていたりする。
一応黒瀬に案内されたゲストルームもあるが、寝かしつけとともに朝まで寝てしまったりして悠と一晩過ごしてしまう時が多々あった。
「サツキ、ずっと僕のお家に住まない?」
ぽそっと悠が小声で呟いた。
明日、黒瀬が一週間の出張を終えて帰ってくるのを知っている。
悠の顔を見ると大きな瞳が潤んでいた。
毛布をかけ直してぽんぽんと優しく撫でなでる。
「………それは厳しいかな。でも、またお父さんが出張の時とかはまた来るよ。あと、うちにも泊まりにおいで。なんにもないけど、一緒にお風呂入ろう。」
悠に優しく言い聞かせ、泣きそうな悠を宥めた。
そうは言ったものの、大きなベッドに川の字に寝るしかないのを思い出してしまう。
しかし、悠の顔を見るとすでに嬉しそうに輝いていた。
「うん!じゃあ今度泊まりに行っていい?」
「うん。楽しみにしてるよ。」
優しく微笑みながら、照明を暗くした。
悠はうとうととしながら、疲れていたのかすぐに気持ち良さそうに寝息を立てて寝た。
可愛い寝顔を眺めながら、柔らかな髪の毛を撫でる。
数日過ごしただけなのに、明日別れるとなると自分が離れがたくなってしまう。
悠と出会ってまだ一年もたたないが、すっかり仲良くなれた。
そして悠もどんどん成長していくのを感じる。
黒瀬も昔とは違って、悠とともに父親らしく成長していくのだろう。
悠が熟睡したのを確認して、そっと静かに部屋を出た。
黒瀬の広い家の廊下を歩きながら悶々と考える。
反面、自分はどうなんだろう。
蒼から連絡は来るが、全て取っていない。
着信も出ず、メールも確認していない。
なんとなくの気持ちがずるずるとそのまま時間だけ過ぎて、返すタイミングを逃していた。
明日帰るとは言ったものの、この気まずい状態で帰っていいのか不安だった。
いっそ、このまま……………と何度も嫌な考えが過ってしまうのを掻き消す。
自分を好きになったのはユーリの代わりでしかないのだろうか。
去年、ボストンに来た時、蒼が冷たかったことを思い出す。
黒瀬と仲良くしているだけでも、蒼は嫌だったはずだ。
その気持ちは今、やっと分かった気がした。
それなのに同じ事をして蒼を深く傷つけた癖に、素直に受け入れられない自分がいる。
結局、自分を見てなかったのだというショックとユーリと形だけだとしても、心が揺れたのではと疑ってしまう。
このまま逃げるように蓋をして、蒼とまた傍にいてもいいのだろうか。
広いキッチンに入ると、すでにハウスキーパーは帰宅して誰もいなかった。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、コップに注ぐ。
黒瀬の家は不自由することもなく、何でも揃っていた。
部屋数は多く、広い。それでいてちゃんと整理されており、シンプルな家具が並べられている。
昔の黒瀬もそうだった気がした。
付き合っていた頃は部屋に行くと、家具も少ないので情事後の忘れ物を見つけやすく、それにまた傷ついていた。あの頃に比べればまだマシだ。
いや、複数不特定と特定の相手、どっちも嫌だ。
そう思いながら、水を飲み込む。
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