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第46話

「最近、俺は謝られてばっかりだね………。」 ボブに申し訳なさそうに笑いかけると、ムーンと目が合う。ムーンは大きな瞳を潤ませ、嬉しそうに尻尾を振った。 ここで立ち話もムーンに悪いので移動し、ボブは広場に着くとムーンのリードを解いた。 ボブと二人で木蔭に腰を下ろし、芝生を駆け回るムーンを微笑ましく眺める。 「本当にごめん。…………アオイとユーリの件だけど…………」 ボブは俯きながら、申し訳なさそうに呟く。 「うん、付き合ってるんだよね。もしかして昔の恋人?」 はっきりとそう言うと、横目で静かに頷くのが見えた。亡くなってたと聞いた恋人だろうかと思っていたが、まさかそうだったのかとボブな顔見て落胆する。 二人は昔付き合っていた。そして今も付き合っているのか………。 ボブの悲しそうな表情を見つめながら、胸がキュッと痛んだ。 「ユーリの病状は深刻?」 ボブの顔が暗く曇る。 その顔でユーリの病状が良くない事が分かった。 「…………今回の手術で良くなるはずなんだ。本人も手術を前向きに検討してくれてるし、来週受ける予定だよ。………そういえば、こないだクロセから連絡が来て、ユーリの事を聞かれたかな。」 ボブと黒瀬がチョコレート屋で名刺交換したのを思い出す。ムーンはこちらを見ながら、鼻をふんふんと揺らし草花の匂いを嗅いでいる。 「……ユーリと話してる時に、偶然、黒瀬と会ったんだ。本人も心配していたよ。今ボブの家にいるんだよね?」 「……そうなんだ。………サツキ、ユーリと会ったんだね。」 「うん。二人は従弟だけど、仲が良い?」 ボブと二人でムーンを眺めながら、なんとなく聞いた。自分は親戚も従弟もいないが、ボブはユーリを友達以上に熱く思っているように感じる。 「そうだね、昔から仲が良いかな。だから昔、ユーリが何も言わずに、アオイと付き合った時はショックだったよ。まさか相談もせずに、同性と付き合うなんて思いもしなかったからね。写真が欲しいとお願いしたら、ツーショット写真を送られてきて酷くアオイに嫉妬したのを覚えてる…………。」 ボブは過去を思い出したのか、顔を顰めた。 ロスで前に見た、一緒に写る蒼の写真を思い出す。若い頃の蒼を少し見たいような気持ちに駆られるが、今は気軽に写真を拝見できるような状況ではない。 「………ボブはユーリの事は好きなの?」 「好きだよ。昔からね。でも向こうは僕のせいで、最近はどんどんと離れていくように感じる。」 溜息をつくように言い、ボブは走って戻ってきたムーンを優しく撫でた。 ボブとは対照的にムーンは大変満足そうな顔をしている。ボブの頬をムーンがペロペロと舐め始める。 「……………ごめん、僕はサツキにユーリを重ねてユーリに対する気持ちを消そうとしてたんだ。」 舐められながら、ボブは申し訳ない顔で謝った。一瞬なんの事なのか理解出来ず、ボブの顔を凝視する。 「俺を?」 自分を指さし、確認を取った。 ボブは小さく頷いた。 まさか友人だと思ってたボブの告白に驚く。確かに仲が良かったが、まさか、だ。 「……………うん。」 「似てる?」 黒瀬は似てないと言っていたが、やはりユーリと自分は似てるのだろうかと不安になる。 「初めはそう思ったけど、全然似てないよ。段々と君に惹かれていったなと思ってユーリと逢うと、やっぱり僕は駄目なんだ。」 一瞬、蒼も同じなのだろうかと思った。 運命の再会を果たした二人は、やはり惹かれ合ってしまっていたのか………。自分はユーリの身代わりにかなかったのだろうか。 「………………気持ちは伝えないの?」 痛む胸を抑えつつ、ボブの横顔を見つめながら言った。ムーンを撫でる手を止めて、ボブは空を仰ぐ。 「ユーリは従弟だよ。指輪は贈ったけどね。流石に、血がつながってるからさ……………。」 その声は落胆と諦めが入り混じった声だった。 日本は従弟同士で結婚できるが、アメリカは事情が違うのは何となく知っている。 「でもさ、何も言わずにユーリを蒼に渡してもボブはいいの?」 薄く笑いかけると、ボブははっとした顔をした。 「けしかけるわけじゃないんだ。でも、気持ちは伝えた方がいいよ。………終わらせるなら、尚更にね。ユーリが落ち着いてからでも、いいから考えてみたら?」 優しく背中を叩いた。 自分も終わらせるなら、覚悟を決めないといけないのは同じだった。 ボブにそう言うと、真剣な顔でこちらを見てきた。 「…………サツキは誰かを好きになって、忘れたことはあるの?」 「あるよ。黒瀬がそう。8年付き合って、忘れたくて、蒼のおかげでやっと乗り越えられたんだ………………。でもそれで蒼を深く傷つけてしまってさ…………。だから、もう辛い思いをさせたくないんだ。俺は蒼が誰かと愛し合って、幸せならそれでいいと思ってる………。」 「そうか……。僕は間違っていたね。最低な事ばかりしたな。酔った君からアオイの番号を盗んだ………。」 「番号を盗む?」 物騒な言葉に思わず目を見開き、反応してしまった。 「………ユーリと付き合っていた蒼にどうして別れたのか聞こうとして、君から番号を盗んだんた。……前に黒瀬からサツキが赤ワインがダメだと聞いて、ロスで酔った君から指紋認証を解いた。………ごめん、最低だ。」 「……………えっ……!」 ロスのパーティで酔っていたが、思い出すが心当たりがなく青ざめた。確かに赤ワインを飲んだが、記憶があやふやだった。 じゃれついてくるムーンを優しく撫でる。真面目で優しいボブがそんな事をするとは信じられない。 「ごめん、それに初めはアオイとユーリを会わせたくなかったんだ。でも、君達が偶然来て、二人が再会してからユーリは蒼と話したいと言い出して………だから…………最低な事をした。ごめん。」 「ユーリが話したい………?」 「………うん。僕はユーリが蒼と話したいとお願いされたよ。昔からユーリには元気になって貰いたくて、なんでも従っていたんだ。それで、再会したその日の夜に蒼の番号に電話をかけた。」 「…………ボブ。」 つまりロサンゼルスでユーリと再会したその日の夜、蒼は寝ている自分を残して会いに行ったのか。なんとなく複雑な二人の男の気持ちが頭の中で交錯する。 「…………勿論、アオイに電話しても応じてくれなかったよ。………でも、君を利用して無理矢理呼び寄せた。ユーリが君の事を酷く憎んでいるから、皐月の為に来てくれって………。僕は最低な嘘をついた。」 なんとなく思考が整理されていく感じがした。 「…………俺の為?」 「アオイがサツキを愛してるのを知っているから、彼はすぐに飛んで来たよ。」 ボブは寂しそうに笑った。 心配そうな蒼な顔が思い浮かぶ。 「それで蒼と再会して、ユーリは気が変わったのかな?」 ボブのブルーの瞳はさらに潤んで、今にも泣きそうだった。 「………そうだね。次の日には手術を受ける事を了承してくれた。でもユーリとアオイは付き合い直すことになったと聞いて、ショックだった。サツキもユーリも利用して、天罰だと思ったよ。………本当にごめん。」 「ボブ、そんな自分を責めないで欲しい……。」 何度も謝るボブの背中を慰めるように優しく撫でた。 「ごめん、サツキ…………君の幸せを壊すつもりは無かったんだ……。」 いつの間にか日が傾き始めている。 立ち上がり、ムーンを見下ろして名残惜しく撫でた。 「……そう思うなら、ボブ、ちゃんとユーリに気持ちを伝えて欲しいな。…………そうしたら許すよ。」 そう言って、ボブに優しく微笑むと静かにその場を去った。夕暮れの木漏れ日が足元に落ち、鬱々とした気分が少し晴れたように感じた。

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