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第45話

特に何も持たずにぶらぶらと、いつもの公園をぶらついていた。 気温は夏よりは涼しく、新緑がそよぎながら心地良い風が頬をなでる。 青々とした芝生が眩しく、子供がボールで遊んでいるのを微笑ましく眺めながら憂鬱な気分で歩いていた。 わざとらしいキスマーク、見覚えのない指輪。帰宅は遅く、そして疲れて浮かない蒼の顔。それでもやっぱり夜は刹那的に求めてくる。 黒瀬の浮気を思い出しながら、少ない経験を繋ぎ合わせて悶々と考える。 いくら考えても蒼が浮気しているという事にどうしても自分でピンとこないのだ。つい最近までプロポーズまでして、指輪を子供のように喜んでいた。ユーリと再会してから浮かない顔だったのは気が付いていた。ロサンゼルスから戻ると態度はどこはかとなく冷たいような感じも気づいている。だが毎晩のように身体を求めてきては、名残惜しそうに抱き締める。まるでこっちが残された時間を言い渡されたような気分になってしまっていた。 しかしながらユーリと蒼が運命の再会をしたとしても、突如急に気持ちが燃え上がるものだろうか。自分と黒瀬を想像するが、すでに萎びた気持ちは再浮上することはなく、考えるだけでも無駄だった。 黒瀬と付き合っていた時は、勿論辛かった。対照的に浮気した本人は素知らぬ顔で平然としていたような気がする。本人にそれを言ったら、「そ、そんな事はない!皐月、ごめん。本当にごめん」と慌てて否定して謝り通す。黒瀬の場合は特定の相手で浮気する事はなく、不特定多数だった為、分別のつけようがない。 浮気している蒼と過ごして分かるのは、どこか冷たくよそよそしい。 だが浮かれているわけでもなく、段々と疲れ切って落ち込んでいる気がする。 本人は普通にしているが、どこかいつもより表情が暗く感じ、ひにひに罪悪感に苛まれているように感じるのだ。 浮気している蒼がこんな状況になるのか、今一つ納得が出来ない。 線が細く、青白い顔をした病弱なユーリの顔を思い出す。 声も小さく、傍にいると守ってあげたいという庇護欲に駆られそうになるのは、会って話すとよく分かる。蒼がユーリのようなタイプが好きだったのも理解できるし、自分とは違う性格でなんとなくホッとした部分はある。 その二人はいつ連絡を取り合い、どこで会っているのだろう。そして既に深く愛し合っているのだろうかと考えると頭の中がさらに憂鬱になる。性格も容姿も完璧な二人が愛し合うのを自分が止める気はない。潔く身を引いて、さっさと日本へ帰国し、またボロ賃貸でも探すしかないとも思っている。ただ、今の蒼の心境が掴めず、そのまま置いて去るにはどうしても心残りなのだ。 普段の蒼の顔を思い浮かべる。べったりと甘えてきては、子供より理不尽な理由で拗ねる蒼を病弱な心臓を持つユーリが全て受け止められるのだろうかと考えてしまい、少し笑いそうになった。ユーリには悪いが、蒼はとても面倒臭い男だと思っている。 黒瀬の事を乗り越えてからはなるべく自分は蒼へ気持ちを伝え、会話をしようと心がけるが、蒼はまだ自分自身でどうにか解決しようとする癖がある。 二人でよく話し合い、拗れた糸を紡いでいかないと蒼とは長く付き合えない。 それなのにどうも、話そうとしない蒼にやきもきしてしまう。 ユーリと現在の蒼、そして自分。 点と点を結びつけるように何度も考えるが、どうも自分の中で辻褄が合わない。 サワサワと風が吹いたのか、緑の木々が揺れる。靡いた前髪を掻き分けで直した。ごちゃごちゃと考える頭を上げると、向こうの芝生から大型犬らしき犬がこちらを見て尻尾をパタパタと振っているのがわかった。目を凝らして見ると、どこか見覚えのある犬がこちらを見て元気よく吠えている。 「ムーン!」 前会ったときはぐったりしていたが、すっかり元気な姿に戻っていた。 ムーンは名前を呼ぶと、一目散にこちらに向かって来た。 あっという間に自分の元へ寄ると、パタパタと尻尾を振って飛びかかり甘えるように鼻を擦り付ける。前足を自分に寄りかかるようにして、つぶらな瞳で見上げ、自分を覚えている事が嬉しく感じた。先程までもモヤモヤが一気に打ち消される。 「はは、元気になって良かった!」 ムーンを見下ろしながら、柔らかな頭を撫でて笑いかける。 顔を近づけると頬を美味しそうに舐められた。 「………サツキっ………!」 遠くで自分を呼ぶ声が聞こえ、顔を見上げた。白いTシャツとジーンズというとてもラフな格好のボブの姿が目の前に見える。 「ボブ!久しぶりだね……!元気にしてた?」 ロサンゼルスから戻って以来、全然会っていない。久しぶりに見るボブは少し痩せたように感じた。 「……………うん、皐月は?」 ボブが言いかけると、ムーンがじゃれついてくるのでよく聞こえない。 「え?」 「いや、皐月は元気にしてたかなて………。」 心配そうな声でボブはムーンにリードをつける。 はしゃぎ過ぎた自分を反省したのか、ムーンは主人を気遣いながらボブの傍に座りじっとボブを見上げる。 「ああ、元気だよ。……でも……………」 「でも?」 そう言うとボブは急に顔を顰めた。その顔は今までに見たことがない複雑な表情だ。 「…………はは、ちょっと胃痛がね。」 胃をさすりながら、ボブに笑いかける。原因はカフェインの取りすぎだと考えたい。 「………サツキ……………。」 「冗談だよ。ボブ、本当はなにか知ってるよね?」 にこっと微笑むとボブは困った顔した。 その顔は図星を突いたようだ。 「ごめん、サツキ………。」 ボブがそう言うと、ムーンが悲しそうな顔をしたような気がした。

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