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第44話
蒼の言葉に、ユーリの大きな瞳は潤み、深く傷ついた顔になった。
『………………あ。』
『本当に好きなのは、僕じゃなかったよね?』
穏やかに優しく微笑んで、ユーリを見つめ直す。
あの頃はずっとユーリの事は好きだった。
だがユーリの心にはいつも違う相手がいるのを、蒼はずっと知っていた。
もしかしらた自分の嫉妬深さの原因はここにあるかもしれない。
『……………気づいてたんだ。…………ごめん。………でもいとこ同士は許されない。』
アメリカでは、いとことの結婚は25の州で禁止されている。親子や兄弟姉妹での結婚が認められないのと同様に、近親相姦とみなされていた。州によっては犯罪とみなす州もある。
『ユーリ、気づいてたよ。君が僕の前から消えたのも、彼が好きだったからじゃない?』
笑って言いながら、昔を振り返る。
あの頃はユーリに他に好きな人がいるのを知りながら付き合っていたが、ユーリを真剣に愛していた。一方通行な恋に最後は疲れ切っていた。
『うん、ごめん。………他の人を好きになれば、忘れられると思ったんだ。』
『…………それもなんとなく知ってたよ。』
少し笑って言うと、ユーリは申し訳ない顔になった。
『…………蒼、ごめん。僕も好きだったのに………。』
『今でも好きなんだね。』
ボブの優しく真面目な性格を皐月から聞かされている身として、なんとなく彼を好きになる気持ちは分かった。
『………ずっと好きだった。………でも……ボブは……皐月が好きなんだ……………。』
ユーリは左手を唇に当て、軽くキスをした。
小さな石が星のように瞬いて見えたような気がした。
『…………ボブから貰ったの?』
指輪を眺めながら、優しく言うとユーリは小さく頷いた。
『指輪が欲しいって言ったら、用意してくれたんだ。……………彼にとっては、これは同情でしかないんだけどね。…………だから……………』
蒼はユーリの隣に座り、優しく華奢な背中を撫でる。
ユーリは表情こそ普通に見えるが、肌に触れると、さらに病人だという事がわかる。
昔もそうだったような気がしたが、今はそれよりも一層病弱に感じた。
溜息をついて、どうしようか迷っているとユーリは唐突に蒼の身体の上に乗りかかってきた。
ベッドの上に自分が押し倒されて、多いは驚いてユーリを見上げる。
どけようと思えば退けられるが、相手は病人で心臓が弱いのを知っている。
邪険に扱わないようにユーリを落ち着かせようとした。
『待って、ユーリ、君はそんな事する人じゃないよね………。』
『ごめんね、最低なのは分かってるけど………』
ユーリはゆっくりと身体を落として、シャツの首回りを胸元へ強く引っ張ると露わになった引き締まった胸筋に唇を重ねた。そして強く吸う。
『………ユーリやめてくれ。』
そんな事をされても嬉しくはなかった。
痕が残るぐらい吸われ、自分で確認しても鬱血した痕がよくわかった。
身体をねじってよけようとするが、下手に心臓に衝撃を与えたくない。
『…………ボブに皐月を襲わせてもいいんだよ。』
ユーリは冷たく言い放ち、また強く吸った。
『ボブはそんな事を皐月にはしない……………。』
『…………蒼、ボブは僕には逆らわない。絶対にだ。出会いは偶然だと思うけど、ボブは昔から君を知っている。それにいくらでも、人は雇える。皐月を想うならお願いを聞いて欲しい……。』
にこっとユーリは笑った。
その笑顔は儚げで青白く、昔の優しい面影は消え失せ、蒼はぞっとした。
そして手術を受ける事を承諾し、主治医にはボストンの自分の病院へ紹介状を書いて貰った。現在、ユーリは手術の為、ボストンにボブの所に滞在している。
ボブと会う度に言い様が出来ない気まずさを感じる。彼にユーリと付き合っていると伝えた彼の顔は辛そうで、彼の自分への評価は最低だと感じた。ユーリは自分と同じような指輪を用意し、形だけの関係を見せびらかすように接してくる。唯一運が良いと思ったのはユーリは心臓発作を起こす恐れがあるので、セックスはしないことだ。
皐月に嘘をつき、一番残酷な事をしている自覚はあった。
しかしながら互いの家に傷をつけたくもなく、ユーリを訴えるわけにもいかず、言われるままに従うしかなかった。ユーリは本気で皐月をどうにかしようとしている。
皐月に相談しようとしても、傷つけると分かって悲しい顔はさせたくない。
指輪まで用意して来てくれた皐月を裏切っていると分かってる。
昔の恋人と形だけでも付き合っていると皐月が知ったら、皐月は潔く自分から離れるだろう。
わざとらしく痕を残すユーリに、皐月はいつか気づいてしまうんじゃないかと不安に思う度に、今傍にいる時間が惜しくなる。
そして騙し続けながらも、皐月を毎晩抱いてしまっていた。
いつまで続ければよいのか、それともずっとこのままなのか、先が見えず蒼は疲弊していた。
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