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最終話
ユーリへの口止めも虚しく、検査結果から肝臓の数値を指摘され、数値が低くなるまでは飲酒も禁止となった。最悪、肝硬変になったら元も子もない。幸い、癌細胞はなく、術後は良好だった。このまま何事もなければ明日退院だが、家にまで主治医がいるとなると、隠れて飲酒など無駄なあがきできない。
そろそろ寝ようかと読んでいた本を閉じると、仕事を終えた蒼が顔を出した。
今日も長丁場の手術をしてきたのだろうか、白衣から着替えた蒼は少し疲れた顔をしている。
蒼は静かに自分に近づき傍に寄ると腰を下ろし、無言のままじっとこちらを眺めている。
「蒼?」
いつまでも黙っている蒼が心配になり、名前を呼んだ。
声をかけるとはっとして、穏やかに微笑んだ。
「…………皐月、明日休みだから迎えに来るよ。」
「いいよ。1人でタクシーで帰れるし、家でゆっくり休んでなよ。」
閉じた本を脇に置き、蒼の頬を優しく撫でる。
やっと住み慣れつつある我が家に帰れると思うと嬉しい。
帰ったらまた書き終えた作品が残っており、セーブしながら仕事することとなっている。
「………………君が心配だよ。また倒れたりするんじゃないか、色々想像してしまうんだ。」
蒼は頬を撫でる手を掴むと、その手にそっとキスを落とした。
本当に色んな人に心配をかけてしまい、なんだか申し訳ない気持ちになる。
いつも病院に担ぎ込まれるので、上手く言い返せない。
「そんなに何度も倒れないよ。そりゃ、色々巻き込まれるけど……。」
刺された箇所と、切った後頭部の傷が未だに残っている。
今回は吐血し死にそうになったが、それは自業自得である。
「…………もう、目の前で君をなくしたくないんだ。」
ぎゅっとキスした手を両手で包み込み、祈るように蒼は言った。
月の光が窓から射しこんで、蒼を青白く照らした。
もし、傍に蒼がいなかったら、一歩間違えれば今ここにいなかったかもしれない。
「…………ねぇ、蒼、キスしたい。」
唐突に蒼の腕を引っ張る。ベッドが僅かに軋み、端正な顔立ちの蒼の顔が近づく。
「…………皐月。」
蒼は優しく身体を片手で支え、顎を掴んで唇を重ねた。
ゆっくりと静かに唇が触れる。
甘い痺れに似た久しぶりのキス。
青い月の光に照らされ、仄暗い病室で二人の影が揺れる。
「皐月、愛してる。」
お互い見つめ合い、もう一度唇を重ねる。
軽く、そしてお互いの唇の感触を味わう。
蒼を抱き締めながら、がっしりした肩に顔を乗せた。
「もっと君に……」
蒼が言いかけようとした言葉を遮るように呟いた。
「良いんだよ、蒼はそのままで。」
自分にだけ弱い部分を見せてくれるのが嬉しかった。
普段働いている姿を見て、尚更そう思ってしまう。
普段恰好良い蒼が、自分だけ見せるその顔が特別のように感じ愛しいのだ。
蒼に肩を掴まれると身体が後ろに引かれ、互いの顔を見合わせる。
「………皐月、君を一生大事にする。ずっと傍にいて欲しい………。」
真剣な眼差しで蒼の薄緑色の瞳に射止められる。
「………大丈夫、蒼の傍にずっといるよ。」
目を細め、蒼の顔を微笑んで抱き締める。
傍にいられるのなら、いつだって蒼の傍にいたい。
「愛してる。」
「………うん、俺も。蒼、色々ありがとう。蒼がいなかったら助からなかった。」
「大袈裟だよ。」
「そんな事ないよ、蒼が傍にいてくれてよかった。」
蒼に微笑むと、瞳が潤みかけた。
微笑むと涙がパタパタと落ちる。
蒼が睫毛にキスを落とす。
「皐月、結婚しよう。」
「うん、蒼、結婚しよう。…………………あ。」
「皐月?」
はっとして、蒼の身体を突き離す。
蒼は驚いて顔を見合わせ、瞳を丸くさせている。
自分の言葉に愕然とした。
どうして自分はクリスマスまで待てなかったのだろう。
「……………………しまった、蒼。ここ病院だ。」
結局、病院でプロポーズしてしまった。
呆れた顔で蒼と顔を合わせる。
クスクスと笑いながら、互いの唇をもう一度重ねた。
fin
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