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番外編『悠君、お泊まりに来る』4
蒼が濡れた髪を拭きながら、キッチンに顔を出した。
振り返ると少し長い髪が濡れてドキッとしてしまう。
「シチューだっけ?楽しみだな。いつもありがとう、皐月。」
後ろから抱き締められ、またドキドキと胸の鼓動が早くなった。
「う、うん。パンでもいい?」
「ありがとう。…………あれ?皐月、顔が赤いけど大丈夫?」
蒼は心配そうに背後から顔を出して見つめてくるが、風呂上りの蒼に見惚れてしまったとも言えず、俯いてスプーンやフォークを急いで出す。
「だ、大丈夫。それより今日は忙しかった?」
赤くなりながら、話題を変えた。
最近忙しいとぼやいていたので、心配になった。
「いや、そんな事ないよ。本当に熱ない?大丈夫?」
蒼は心配そうに後ろからおでこを触る。
大きな掌が触れ、ますます身体が熱くなりそうだった。
せめて悠がいる一週間は我慢しないといけない。
蒼より自分の方が自制できないなんて、あとで黒瀬になんと言われるか溜まったものではない。
「あ、蒼、は、早く食べないと冷めちゃうよ。」
蒼から逃げるようにすり抜けて、椅子を引いて蒼を無理やり座らせた。
「………そうだけど…、ちょっと熱いんじゃない?」
蒼は心配げにこちらを見るが、テーブルに並べられたシチューやパンを見ると嬉しそうな顔になった。家事は蒼と分担し、夕食はいつも自分が用意している。料理はそんなに得意ではないが、レパートリーは徐々に増えてきている。
「今日、悠の宿題を見てたんだけど、全然分からなかった……。」
蒼が手を合わせ食べ始めると、向かいの椅子に腰を下ろす。
自分はすでに悠と食べてしまった。
味はルー通り、申し分なく美味しく頂けて安心している。
「こっちは日本とまた全然違うからね。僕が見てあげようか?」
「うん、お願いするよ。締切も近づいてるんだ。」
小さな溜息をつく。悠が来る一週間だけでも、予定を空けたいと思っていたが、なかなか思ったように捗らない。明後日から蒼が休みを2日ほど取ってくれ、早く帰宅した時にお願いしたかった。
「皐月、あまり無理をしないで欲しいな。また倒れたら、僕の心臓が持たない。」
蒼はスプーンを置いて、真剣な顔をして言った。
その表情に少し怖気づいてしまう。
「…………もう倒れないよ。」
大袈裟だなと思うが、もし目の前で蒼が倒れたらと考えるとぞっとするのは確かだ。
お酒も珈琲も嗜む程度にしているが、蒼はいつも心配し気遣ってくれている。
「ならいいんだけどね。あ、休日はどこか行きたい所ある?近場だけど、ニューイングランド水族館とかどうかな?それとも車でどこか行く?」
蒼は思いついたように明後日の休みの予定を話した。
ニューイングランド水族館はウォーター フロントのアトラクションで複数階にわたる巨大水槽がある。イルカなどの大きな目玉はなく、日本の水族館よりは規模は小さいが何故か人気だ。
すっかり蒼が悠よりも遊びに行く気が満々なのが伝わり、面白くなって噴き出してしまった。
「はは、蒼が行きたい感じじゃないか。」
「そりゃ、彼と親交を深めたいからね。子供は好きだし、仲良くしたいさ。」
蒼は眉を上げて心外だなと小声で呟く。
そして、あっという間にシチューを全部平らげてしまった。
どっちが子供なのかわからない。いや、悠の方がまだ聞き分けが良さそうな気がする。
しかしそれを言うと、100倍で返されるので黙っておく。
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