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番外編『悠君、お泊まりに来る』9

蒼は悠を後部座席にジュニアシートに座らせる。黒瀬から借りて設置したのだ。自分も運転席に座りベルトをして、エンジンをつけすぐに車を発進させる。 ボストン近郊にあるスクールは車だと自宅まで 「………ねぇ、蒼さん」 「蒼でいいよ。どうしたの?」 バックミラーで悠を確認すると、じっと窓を見て小さいながら何か考え事をしているようだ。 「皐月はお父さんとは結婚しないのかな?」 思わず、ブレーキを踏みそうになり、蒼は焦った。 もう一度、悠を見るとぼんやりした顔をしている。 「な、何かあったの?」 「………僕、もう少し大きくなったら、ロンドンの学校に行くんだ。皐月と離れ離れになっちゃうのが悲しい……。」 そういえば皐月が悠はロンドンのパブリックスクールに行かせる予定だと話していた。全寮制なので、会えなくなると寂しがっていたなとふと思い出す。確かボブと弟の紅葉の母校だった気がした。入学は13歳で、まだまだ先だ。 「はは、皐月もそう言ってたけど、ロンドンの学校もきっと楽しいよ。」 「そうかなぁ。ロンドンなんか行きたくない。蒼には悪いけど、皐月とお父さんが結婚してずっと一緒にいたい………。」 悠は小さな溜息をついた。 子供らしいような子供らしくない悩みに可愛らしくなる。 「でもお父さんと結婚したら、皐月はお父さんのものだよ?それでもいいの?」 それは蒼も嫌だった。 皐月が黒瀬と付き合っていたのは事実だが、もう渡したくはない。黒瀬は事あるごとにに皐月と会ってるが、皐月は自分と結婚して添い遂げると誓ったのだ。 「それはやだ!やっぱりお父さんなんかに渡したくない。」 同じ意見に蒼は満足そうに頷く。 「じゃあ沢山勉強して、まずはお父さんを越えないとね。」 「ううん、僕はまず蒼を越える」 「え?」 予想外の悠の言葉に振り返りそうになるのを抑えた。どうして自分なのだろう。 「だって皐月、いつも蒼の事ばかり話すんだもん。ずるい。」 頬を膨らませて、キッと自分を睨んでいるのが分かった。 「はは、皐月は僕といる時は君の話ばかりしてるよ。」 「本当!?」 余程嬉しかったのか、シートから身を乗り出しそうになる。悠が皐月の事をどれくらい好きなのかがよく分かる。 「うん、悠は絶対、お父さんより素敵な人になるていつも言ってるよ。だから、ロンドンの学校でも頑張れるよ。」 本当は『黒瀬に似ないで良かった。このまま順調に純粋に育って欲しい』と皐月はいつもボヤいている。 二人でそんな会話を繰り返していると、あっという間に自宅に到着した。

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